毎日、執拗に書かれるこのブログを御覧いただく人には そうは感じられないかも知れないが、実はおいらは無口を自認している。 転居が多く遊び相手が少なかったので、話し相手は両親だったという環境もあったのだろう。
親父も無口で、「男は黙って..」 というか...必要最小限の話しかしなかった。

おいらは、以前の会社では、コンピューター関係の業務だったので、「1+1=2」という感覚で、無駄な会話はしなかった。 40代になり、法律関係の業務に畑が変わったので、「1+1=2」以外にも、言葉には裏があり、更にその裏があるこを知った。
そんなことから、口を開く前に「話す内容・伝えたい事・持ち込みたい結果」を考えた上で、話の仕方を構成する事が癖のようになっていた。 その点、老後のブログは気楽に書けるので、肩が凝ることがない。

女将も、昔は無口なほうであった。 無口に惚れて一緒になったのかも知れない。
夫唱婦随とはお世辞にも言えないものの、自論が有れば おいらの話を聞き終わった後で口を開いていた。
人が話ている最中に横から話を割り込むことや、いわゆる 「被る」 よな話をすることをしない人だった。
しかし、おいらが大宮アパートでの単身生活を終えて野々市市で共に暮らすようになってからは、豹変ぶりに驚いている。 要するに、一般的な御喋り婆になったということだ。
毎週2度来宅するクリーニング屋は、女将の恰好の話し相手である。近所のスーパーに行けば帰ってこない状態也。
昔の無口ぶりは、猫をかぶっていたのかしらん(?) と再認識せざるを得ない始末だ。

改めて女将の話を聞くと、三段論法的だ。
男 ・ 特にサラリーマンであれば、某話題が終わって次の話題に移るのが一般的だろう。
しかし、最近の女将の話し方は、某話題から次々に別の話題に飛んでいく。 某話題はどうなったのかしらん(?) と思っている内に回り回って元の話題に戻ってくる。 女将の頭の中では「繋がっている話」と言うが、不慣れなはじめの頃は話題の流れを掴むことが大変だった。  最近の携帯電話の宣伝、『繋がってる』状態だ

今では、「無口な爺と、お喋りな婆」 という構図の夫婦生活である。
「今日の出来事」 を微に入り細に入り教えてくれる女将と、「知ってるよ」 と言わずに聞いている おいら。
女将がブログを書いたら、まことに飽きない内容になるだろう。

そんな夫婦だが、トンチンカンな会話を交わしながら楽しい日々を過ごしている。
おいらが退職して自宅でゴロゴロするようになり2年が経つが、今のところは大事にしてもらっている。

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