正月12日の朝早くに門のチャイムが鳴った。
来客の予定も無く訝しく思いながらインターホーンを覗くと、何やら小学生と見える女子児童数名の画像が見える。何だろうと尋ねると、キャーキャーと仲間内で騒ぐだけで要領を得ない。そうこうする内に母親と思われる声で「町内の子供会」との事。要するに「左義長」に出す物を集めに家庭周りをしているらしい。
松飾りも書き初めもしない我が家では左義長で焼いてもらう物も無く、その旨を告げて終わったのだが、子供会の姿が消えた後から「ポチ袋でも上げればよかった」と思いつくも、後の祭りとなってしまった。

俺の生まれ育った秋田では、左義長(さぎちょう)という呼び名の風習は無かった。関東では「どんど焼き」等と呼ばれる小正月に行われる火祭りの行事は、上京してからその存在を認識したが、ダルマや御札の御焚上は社寺に持ち込んで行っていたように記憶する。したがって「どんど焼き」という行事もテレビで見知っている程度であった。

300年以上前から続いている福井県勝山市勝山左義長は一見の価値があると聞く。他にも派手やかな小正月に行われる火祭りの行事は全国に多いようだが、俺的には殆ど関心がない。


しかし、そもそもは「小正月に行われる火祭りの行事」なのに、開催月日が変わっているのが不思議也。
小正月とは、正月15日の行事である(または、14日から16日までの3日間)。
それが、国民の祝日の成人の日が1月15日から1月の第2月曜日に変更された事に合わせて、左義長を成人の日に実施するところもある事だ。また、18歳で選挙権を与えられるにも関わらず、20歳で行う成人式というのは不思議也。「成年」とはなんだ(?)とも思う。埼玉県蕨市に「成年式発祥の地」記念碑が在る也。左義長ばかりでなく、成人式も12日に繰り上げで行っている行政もある。いっそ、止めたらどうだ。
元号が変わった「令和元年」の御焚上というのは無いんだな~....と、妙な感慨が浮かぶ。

年賀状を出さない事を考えるとか、昭和から続く「都会で働く子供の帰省を待ち受ける田舎の年寄」なんて景色は、既に過去の出来事になっているのであろうか。墓仕舞いして、樹木葬すれば、ハイさようなら