一般的には年度末と呼ばれるが、明日は令和元年度の最終日也。2020年も早いもので、今日で90日経つ。
行政組織や、事業年度の末日としている企業が年度末として締めにバタつくのは分かるが、テレビ局の番組編成を変えるという景色が不思議である。まあ、カラスの勝手だから何でも御自由にということなのだが、番組編成変えに伴い人事異動があるということでイチイチ「お世話に成りました」との事で挨拶をしたがる。赤の他人のマスコミのアナウンサーや芸能人が失せようがどうなろうが知った事ではない。
殊更、国営放送ではないと自己弁護するNHK様では、貴重な電波を使って御挨拶が忙しい。

巷のサラリーマンでも年度末を退職日としている企業が多く、公務員を含めて退職の挨拶をしているのだろうか。半世紀ほど以前であれば成大に慰労会が開催され、花束を抱えてハイヤーで送られた。
年功序列制度が無くなった今ではそんな慰労・送別の会は無いのだろう。お偉いさんは有るだろうがね。
新型コロナが蔓延っている今では、慰労会の風潮が残っている組織・企業でも行わないのだろうか。
まあ、死ぬの生きるのとの騒ぎになるよりはマシというものだ。退職の酒をせびってもしょうがない。

仕事人時代に、鳥インフルエンザで死亡云々事件に日本中が震撼したことがあった。
記憶の悪い俺的には何時頃だったのか忘れた。WikiPediaの鳥インフルエンザで眺めると、頻繁に発生しているようだ。このブログでも2014年に書いている。それによれば、前述の震撼したのは2010年頃との事。

当時の繁華街ではティッシュ配りが多かった。
今にして思えば、ティッシュを受け取るにしても2メートルの間隔を取らなければ飛沫感染するという事だ。しかし、当時はそんなに大騒ぎはしていなかったように記憶する。日本でもマスコミが騒いだのだが、人間が死んだという事は記憶に無い。しかし、市販のティッシュを買い求める人たちは多く、売れきれた店舗も少なくなかったらしい。しかし、店頭の品切れとは別の現象として「ティッシュ配り」を追いかける人は多かった。更には、街角で1個づつ配っているティッシュ配りの脇に置いてあるティッシュが入ったダンボール箱を箱ごと失敬するという不届き者が多かった。
銀行ATMの脇に置いてあるティッシュも狙い物だったそうだ。
今期の新型コロナ感染防止用のマスクとか、何故かのトイレットペーパー買い溜めをしたがる人達も、過年のティッシュ掠め取りの人達と同じような性根なのだろうか。

地方都市とは言えども、JR金沢駅付近の人混みであればティッシュ配りもいるのかも知れない。しかし、当地野々市市内ではティッシュ配りは見かけない。銀行ATMにも無く、年賀葉書を買った際に郵便局の窓口で差し出された経験しかない。
新型コロナの買い溜めでも、トイレットペーパーは先週から店頭に並んでいる。見たことの無い包装品ではあるが、実用の面では不自由は無かろう。マスクも偶にではあるがぼちぼちと並びはじめている。
新宿辺りのベテランのティッシュ配りは、その気の無い通行人にですらティッシュを受け取らせるような技を持っているのだそうだ。確かにその身振りは鮮やかなものである。
最後に新宿の街歩きしてから彼是10年近い。偶には人混みに出かけたいと思わなくもないが....
不要不急の爺が人混みに行くと石を投げられるやも知れない。後10日ほど先の定期通院まて大人しく。