40歳に近づいた年代になって、勤めていた会社でライフプラン研修なるものが行われた。
この手の研修には金を掛けることを是とする社風の会社だった為、熱海や鬼怒川といった温泉地のホテルを利用して、1泊の研修であった。
研修の内容は、「既に40歳を向えようとしている皆さんのこれからは、こんなに金が必要。」 というようなことに加え、「働き手の貴方が死亡すると大変です。」 ということで、生命保険会社のお出ましとなっていた。
生命保険会社は、「40歳を過ぎてからでも加入できる」 というコンテンツを揃え、勧誘付きであった。
その為か(?) は判らないが、夕食はビール付きという豪華版の研修会であった。
研修生一同で夕食のビールを飲みながら、「今さらになって、おまえの貯蓄額では豊かな老後を暮らせないと言われてもな~」 てなことをボヤキ合ったものであった。
ちなみに、その研修会では、年金の説明がテーマに上ることは無かった。 年金の話題をしたら暴動になるもの

あれから20年を超え、あの研修会で説明されたように 不手際なライフプランであったことは身に染みて感じている。
WikiPedia:ライフプランによれば
ライフプランとは、人生設計のこと。
語感としては、 人生設計が、職業、結婚観、生きがい、居住地など個人の充足感に主眼をおいた設計であるのに対し、 ライフプランは、主に金銭面からの生活設計を指すことが多い。
とのことだが、年金生活者としては 今さら金銭面の設計は致し方無いことだろう。

人生設計として捉えたライフプランは
到達目標学歴⇒職業(転職) ⇒結婚⇒育児⇒居住の仕方⇒介護⇒退職⇒老後
といった内容が、仕事真っ最中男性の考えることだろうか。
しかし、「人生未だ道半ば」 でも書いたとおり、60歳で定年退職しても80歳の平均寿命には まだ20年もある。
「老後」 と一言で括って考えるには、中身の濃い一生の部分ではないだろうか。

そこで、『高齢者もライフプランを作ろう』 と考えるのだが、「生きがい」 は人それぞれとなる。
また、「老々介護」 や 「子孫の年齢構成」 ・ 「健康」 といった個人的な環境が異なる。
その為、ライフプランとして織り込むべき事項は、若い頃のそれに比べて多種多様になるだろう。
前述のような研修で触れないのは、そんな事情に寄るのかも知れない。

高齢者のライフプランでは、着地が死亡する時点かと(?) 思いきや、そうでも無いようだ。

死んだ後をどうして欲しいのか(?) を決めることが、高齢者のライフプランの大きな岐路ではないだろうか。
最近は、「終活」 等でも死後の扱いを決めることが講義される場合もあるようだ。
死後の扱いは、個人の死生観により大きく異なるだろう。 
日本人の場合は(大同小異であろうが) 、輪廻(転生) や不老不死を信じる宗教の場合は(?) ..いずれにせよ、葬儀があるのだろう。 また、墓地に入るか ・ 海や空に散骨されるかはお好みだが..等と思いながら、サラリーマンを対象にしてライフプラン項目を考えた。
  • 60歳前-年金の受給時期をを睨みながら退職年齢を決める。
退職頃から⇒ 元気なうちに決める事
  • 趣味 ・ 生き甲斐 ・ 目標
  • 住居 ・ 介護 ・ 健康管理 (在宅医療)
    ex.ボケる (体を動かせなくなる)  迄は自宅で暮らし、以降は健康管理を含めて介護付き老人ホームで暮らし、一生を送る。
  • 遺産相続 (借金の扱い)
  • 葬儀方法 (埋葬場所、連絡先整理、家族葬 ・ 密葬 ・ 生前葬)
昔ならば、(庶民の場合でも) 平均寿命の短い親から 土地や家屋等の財産を遺産相続することができた。
しかし、現代では遺産相続を受けても嬉しい財産を持つ親が少ない。 
そんなこともあってか(?)、長生きする親を介護したがらない子供も少なくないと聞く。
また、親の老後をどうして欲しいのか(?)、死後の扱いをどうして欲しいのか(?) を、話し合った事も 聞いた事も無い子供は自己解決しなければならない大きな課題を押し付けられることになるだろう。

地域や親族の中で、葬儀という大イベントを無難にやり遂げることは、残された者にとって大変な宿題である。
エジプトでは、「死はむしろ新たな人生へのはじまりであった」 という考えもあるようだ。
死後、「良い人だったね」 と言われる頃(49日) 迄のレールは、自分でライフプランを立てておこう。