病院で手術を受ける場合、医師は極めて当然のように同意書への押印を求める。

おいらは昨年、「心臓のカテーテル検査をしましょう」 という際に、医師から同意書の提出を求められた。
過日 心臓のMRI検査(造影MRI) 等を行った結果、血管が石灰化(コレステロール付着) しており石灰の影になる血管の詳細が不明だった。 そこで、血管内に造影剤を入れることより、影に隠れた部分の血管を検査する。 腕から造影剤を注射することでも可能だが造影剤が全身に回る為、カテーテルを心臓の直近に入れて造影剤を入れるほうがより効率的である。 という内容の検査であることを、後日のネット検索で知った。
医師の口頭説明では、「心臓に近い左手首からカテーテルを入れ...簡単な手術...何も心配無し」 という内容。

臆病者のおいらだが、それならば検査を受けようと決意した。
その後、診察室を退室する直前にさりげなく 「あっ、入院日にこれに押印して持ってきて」 と同意書を渡された。
さらに、病院の事務員から入院時に持参する物等の説明を受け、入院日を決めてお世話になることにした。
自宅に帰って押印しようと思い、念の為と同意書の内容を読んだ。 すると、「同検査に伴い、脳梗塞等になる確率が有る」 等、医師の説明には無かったことが羅列されている。
検査を受けたが為に脳梗塞を併発したのでは堪らんと考え、心臓の検査は受けたかったが 見送ることにした。

その後、ネット等で同検査の内容を調べた結果、脳梗塞等のリスクは存在するが発生確率は小さい(その記事では5%) とされていることを知った。 小さいと言っても、患者の立場としてはとっても大きいと思うのだが..
カテーテル検査の最中に不具合が発見された場合は、検査⇒治療に移行して連続して行えることも知った。
ただし、連続して治療に移行する場合は、準備検査を行う為、検査のみ行う場合よりも事前入院を要するとのこと。
どうせリスクを承知で行うのであれば、検査⇒治療を1発でやって欲しいと考えている。

振り返って考えれば、医師の口頭説明の際にリスクに関する詳細説明があれば、それなりに渋々にでも納得できたのかも知れない。 その場で、自分の疑問を質問することもできるのだ。

不動産の売買に当たっては、宅地建物取引主任者は記載事項説明書を1時間程度掛けて全て読み上げる。
この事は法令により定められているが、現実的には読み上げられることは事前に承知している内容だ。 承知したからこそ購入を決意して契約の場に臨んでいる訳である。しかし、法に定められているが故に、すべてを読み上げなければならないのだ。
医師の同意書についても、記載事項説明書と同様に記載内容の全てを読み上げた上で押印を求めて欲しい。 必要により、法的な規制措置を行うべきであろう。

最近は子供の医療事故が多い。 子供に限らず発生しているようだが、モルモットが少ない子供に顕著のようだ。
大事故の場合はマスコミへの会見が行われ、「同意書が有る」 的な発言をする病院側も見受ける。
「同意書が有る」 ところで、だからどうなんだろうか
医師から押印を求められる患者は、同意書に書かれている内容の肝心な箇所について殆ど理解していないだろう。
忙しい医師から直接同意書の説明を受けるのは困難であろう。 しかし、VTRを見せるといった手段はある。

その手術を受けなければ命に係わる者は、リスクを承知して同意書に押印してでも施術に臨むだろう。
おいらは、偶々近所に在ったため選び通院していた総合病院の眼科医師が 「大学病院でしか使っていないのだが..」 と言う眼球への注射を受ける為に、同意書への押印を求められ 押印した。 転居に伴い変った病院の医師は、その注射が余計だったことを呟きながら「同意書を出しているからな~」 と言われてお仕舞だ。  あの病院を選ばなかったら..【塞翁が馬】
ついでに書けば、肝臓の検査(肝生検) の際にも同意書を出した。 同意書の内容ではないのだが、大病院の内科No.1医師の「僕が直接行うから」という言葉に決意したのだが、イザ麻酔された途端に「はい、君」という声が部分麻酔の耳に届き 施術者がNo.1医師から別の医師に替わったことが判った。 その後は「そこじゃ無いだろう」なんて~言葉が飛び交わされていた。 後日、別の医師とはインターンであったことを知った。 あれ以来、医師の言葉は信じないことにしている。
ちなみに、同意書や承諾書というものに関する法的なシバリは無いようだ。 すなわち、「同意書」と称する文書に対して、法律的な性格は無いということだ。 慣例的に、契約書に属すると解釈されているとのことだ。 だから、「結果的に死んでも(殺されても) 文句を言いません」の契約書に押印するか否かを決めるのは、自分自身ということだ。
医師が同意書を書かせる義務や権利・患者が押印しなければならないという法的規制は無いようだ。 すなわち、同意書という名の契約書を出さずとも手術を行えるといううことだ。
もっと言えば、手術に際して同意書が必要なのか(?) 、何のために提出させるのか(?) というう疑問が発生する。 
新しい医術を用いるにあたり、その不安要素がある事を患者が同意を示す為に同意書を出す場合なら理解できるが、既に一般化している(と医療関係者が言う) 手術についても 同意書を取る姿勢は如何なものなのだろうか
もっとも、「同意書に押印しない」 と言ったら、医師は手術をしてくれないだろうが

同意書とは、医師にとっての免罪符だろうと思っている。 また、組織としての病院の、自己防衛措置なのだろう。
失敗するかもしれないという恐怖に耐えながら、手術に臨まなければならない医師の重圧は理解できなくも無い。
しかし、同意書を取ったからと言って、何でも有りではあるまい。 
更には、同意書も説明も無しで、医師の無知さから行われる治療行為は、殺人に等しい。