城下町の散策は、楽しい。
堀や石垣を張り巡らせた城下には、幹線道路の両脇に武家屋敷や商家が立ち並び、辿るだけでも昔を彷彿とする。
初期の城下町では、配下の武士達の居住する屋敷が建てられていただけのものであり、織田信長や豊臣秀吉の時代になってから商家が立ち並び 町だけで機能する形態になったとのことで、西欧の城郭都市 とは発生経緯が異なるようだ。

しかし、日本の城下町にしろ西欧の城郭都市にしろ、城主の部下が居住し、城主の掛け声が有れば馳せ参ずる機能は同様だろう。
江戸と呼ばれた地でも、江戸城を中心に各藩の屋敷が配置され将軍様の御呼びがあればすぐに対応していた。

現在では東京と呼ばれる地では、国会と総理大臣官邸を取り囲むようにして中央官庁が在る。
霞が関1丁目~三丁目には中央官庁 合同庁舎

各省庁大臣をはじめ中央官庁で働く国家公務員達は、内閣総理大臣や国会から御呼びが掛かれば 馳せ参ずる必要性から、直近に居るということだ。

中央官庁の玄関には雇上げのハイヤーがたむろして、イザという場合には資料を携えた国家公務員を国会等に送り届ける。
国会が開催されている期間は、国会議員からの質問に対応した資料を届ける為の作業に追われ、帰宅できない国家公務員が暮らす中央官庁は誠に繁忙となる。
集団的自衛権行使に関連した法案を作成している者達は、たいへんな状態になっているのだろう。

あんな現代版・城下町を見物に行きたいとは思わないが、古い城下町を彷徨ってみたいと思うこの頃である。