昭和40年代の前半頃は、会社が主催するスポーツ大会の類が多かった。

真似事のような駅伝大会 は、課別対抗に始まり、3位迄が部対抗に以降は支店対抗と格上げして出場することができ、うまく行けば全国大会にたどり着く。
同様にソフトボール大会があり、野球が全盛の当時は、会社の枠を超えて練習試合を行っていた。
会社が主催する大会以外にも労働組合が主催する大会があり、あれこれと合せると年間4度ほどあっただろう。
入社したばかりの者は、それ迄のキャリアが何であろうと無条件に強制参加させられた。 今なら、パワハラ事だ。
スポーツ系の者は喜んでいたが、おいらのようなプラプラ系 には嫌な行事だった。

大会が近づいてくると練習と称しては、仕事が終わった後で走り込みをさせられる。
練習には先輩が監視に当たり、事務所には上司が待ち受けている。 そして、懇親会と称する酒盛りに突入するのだ。 酒盛りでのアルコール摂取量 を考えれば、むしろ練習をしないほうが良いのでは..と思うほどである。

そして大会当日は、殆ど二日酔い状態である。
ペットボトルという洒落た物は無い時代である。 また、スポーツの最中には水分を摂ってはダメと言われていた時代だ。 二日酔いが水分補給もしないで走るのだから、ぶっ倒れる者が多かった。
それでも、根性が無いということで済まされてしまう時代だった。
今ならば体が弱い等の理由から参加拒否できるのかも知れないが、当時はそんな事ができるハズが無い。

会社は 「スポーツを通じた体力増強と連帯意識の向上」 をうたっていたが、果たしてそうだったのか...
まあ、大会終了後の酒盛りで飲む酒が美味くないこともなかったがね