無無無庵

(むさんあん) - 思考が無く - 躰が無く - 心が無く
トキメキ団塊親父のセカンド・ステージ - 退職爺のボケ封じ

たられば物語

就職先、初心貫徹したら

なぜか工業高校に入った俺だ。殊更の理由は無かったように覚えているが、大学進学を目指す普通高校を嫌ったが、公立である学校を望んだ結果だろう。何よりも通学する距離が短く、自宅から徒歩10分であった。
尋常小学校にしか行けなかった親父は、大学に行かせたかったらしい。もしくは高専ということだった。
しかし、家庭の事情やら、しなければならない進学勉強を考えると、工業高校卒業で社会に出るのが妥当と考えた。

入学の動機がいい加減だったが、卒業後の進路決定もいい加減だった。工業高校としてはゼネコンあたりに就職するのが順当なコースであったが、なぜか海上自衛隊に入隊し潜水艦乗りを目指した。しかし、親父の大反対で沈没。
次には、ブラジルに移民して農業に従事する事を目指し、仲間と共に移民手続きを始めた。しかし、御袋の大反対で諦め。結局は、学校の推薦入学で東京の会社に入る事にした。入社試験と共に国家公務員も合格したが、学校の強い指導で推薦入学を断る事はできなかった。

海上自衛隊、フラジルの農業、国家公務員。 いずれの道に進んだものにしても、今とは違う日常だろう。
なんて~タラ・レバを考えたところで時間が巻き戻るわけでは無い。半世紀を生きた人生で分岐路は多かった。

15センチのアイ

若者がはじめて娘を見たとき小さな女だと思いました
娘かはじめて若者に逢ったとき大きな男だと思いました
娘は若者より15センチ背が低かったのです
高い所に手が届くに違いないと娘は思いました
そして二人は結婚しました
でも子供はできませんでした
それでも15センチも背が高い若者は娘を大事にしてくれました
15センチ背が低い娘は愛では高かったのです
二人の15センチの差が変わらないまま共に歳を重ねました
そしてお互いを爺さん婆さんと呼び合うようになりました
あるとき爺さんは旅立ちました
婆さんは高い所に手が届かなくなりました
しかたがないので15センチ高い爺さんの所に行くことにしました
爺さんは15センチ上から手を差し伸べてくれました
二人は今でも15センチの差があるのです続きを読む
安倍内閣の退陣を熱望

月別アーカイブ
Photogallery -最新6枚
  • 懐かしのピンボール
  • 2号と称しても
  • 2号と称しても
  • livedoorブログに内定
  • 時代の長さ:考
  • ローマ字での名前表記
instagram

コメント感謝 -最新12件
ブログ内 検索

タグ絞り込み検索
禁煙始め

今日は何の日?

2019年の日本
2019年
2020年
旧暦カレンダー
便利コム
気象情報-livedoor石川県

 遊びに行こう


掲示板
つぶやき
名言黒板
にほんブログ村 シニア日記ブログ 団塊の世代へ
1日1回クリック
クリックで救える命がある。
更新情報RSS
follow us in feedly   無無無庵RSS
プロフィール
I use Windows10 & Firefox
Display 1366×768 に最適化
・・ リンクフリー ・・
ブログ始めて
QRcode QRcode(2)
Make it cman

現在の閲覧者数:
・ IPアドレス検索 ・
KEIROMICHI
  • ライブドアブログ