無無無庵

(むさんあん) - 思考が無く - 躰が無く - 心が無く
団塊世代のセカンド・ステージ - 退職親父のボケ封じ

薄れゆく記憶

はしか=麻疹の抗体検査

毎年恒例の事なのかも知れないが、今年も「はしか」が流行しているとのことだ。(皮膚科学)
はしかに注意! 2回の予防接種を 東京でも感染者|TOKYO MX+
今年の広がりは台湾人の旅行者から広がったとみられる沖縄県に始まり、沖縄旅行から帰った男性が発症した愛知県をはじめ東京都内でも患者が出ているとの事也。(麻しん及び風しん流行情報 - 埼玉県)
WikiPedia:麻疹(ましん、英: measles, rubeola、別名・痲疹)より抜粋引用
日本では「麻しん」として感染症法に基づく五類感染症に指定して届出の対象としている。江戸時代以降の和語では「はしか」と呼び一般にはこちらの方が知られている。
「3日はしか」とも呼ばれる「風疹」と似て非なるウイルス感染症也。(発熱と発疹を起こす病気の一覧)
風疹と麻疹の違いまとめ!症状や抗体検査と予防接種の共通性は? | らいふのーと

発病(発症)してからの特異的治療法はなく、ワクチン接種による予防を行うしか無いようだ。最近では幼児期に集団接種を受けることでようだが、俺の場合は予防接種を受けているのか(?)、または過去に「はしか」を発症し免疫を取得しているのか知らない。
日本での麻疹ワクチン接種」や「風しんについて|厚生労働省」、更には「風しんワクチン接種歴の学年・年齢のめやす | 逗子市」を眺めても、ワクチン接種を受けているのは判らない。
抗体価が減少し続けて再感染することがある。ワクチンによる獲得免疫の有効期間は約10年とされる。
 しかし、血液を採取することで免疫の有無の調査(抗体検査)ができるとの事だ。
それならばグチュグチュと考えるよりは抗体検査を受けた方がさっぱりするというものだ。聞けば、老人ホームによっては、風疹や麻疹などの感染症について検査を受ける事を求められる場合もあるそうだ。ならば、早い内也。
抗体検査の結果「免疫が無いor薄い」場合はワクチン接種しておけば、間質性肺炎患者としては安心だろう。
ちなみに、麻疹の咽頭〜気道系の合併症はウイルス性肺炎(間質性肺炎)とのことだ。

ということで、当市野々市市で麻疹の抗体検査とワクチン接種ができる病院を探した。
から、自宅に近い病院を選び散歩のついでに立ち寄って話を聞いた。曰く「現在流行している為、麻疹のみの抗体検査とワクチン接種はできない。風疹と麻疹を併せて行う事になる。自費診療となり、検査費用は6,200円」(麻疹だけの検査なら5,000円)との事也。結果、免疫が無い場合は風疹と麻疹の混合ワクチンを接種する事になるだろう。
麻疹ワクチン / 麻疹・風疹混合ワクチン(MRワクチン)、麻疹・風疹・おたふくかぜワクチンを合わせた新三種混合ワクチン(MMRワクチン)がある。
麻疹ワクチンは一般的に安全でありHIV感染症のヒトにも投与できる。副作用は通常、軽度で短期間であり、穿刺による痛みまたは軽度の発熱である。アナフィラキシー を起こしたケースは約1/100,000(10万人に1人の割合)である。このワクチンの投与によるギラン・バレー症候群、自閉症、炎症性腸疾患になる確率の上昇はみられない。2016年現在、日本では、MR(麻疹・風疹混合)ワクチンの定期接種を行っている。
日本検疫衛生協会 予防接種・血液検査・証明書料金
 全国的には「風疹・麻疹の対策費用助成事業」的な名目で補助が行われている市町村が有るが、当市ではH25°で既に終了している模様也。隣の金沢市では助成があるようだ。但し、子供だけかも。
飛沫や空気で“感染” 全国猛威はしかの症状と予防(18/05/04)

ANNnewsCH YouTubeより

 2018/05/12、抗体検査を受ける。麻疹+風疹=約7,3百円。
結果は1週間後。なお、ワクチンは市場に少なくなっており、更に2種混合(MRワクチン)でなければ入手困難との事。
「はしか感染」を防ぐために今からやれること | 東洋経済オンライン

おはぎを買って

今日は春分の日。 春の彼岸という事で、「おはぎ」を供えた。当地への転居前ならば、鎌倉霊園参り也。
我が家では、春の「ぼたもち(牡丹餅)」にしろ、秋の「おはぎ(御萩)」にしろ、供え物は自宅で作っていた。
ちなみに、東京市荏原町で世帯を持っていた父母は、東京者に倣い春秋ともに「おはぎ」と呼んでいた。
俺が子供の頃、母がまだ若かった時分には、餅米を半殺しにした物や、こし餡・つぶし餡・きな粉などと多彩であった。親父が砂糖を好まなかった為、塩餡や胡麻まで加えなければならず、母は暗いうちから大変だった。
しかし親子3人の我が家で、そんなに作ったところで近所に配ることになるため、いつの頃からか種類を決めて作るようになった。とは言うものの、今のように「煮た小豆の缶詰」という便利な物が無い時代の事、作ってしまうと翌日まで掛かって平らげなければならなかった。

それでも当時から糖尿病になる素養があったのか(?)、酒飲みで甘党の俺としては「おはぎ」を喜んで食べた。
ということで世帯を持って以来、女将は「おはぎ」作りが忙しかったようだ。しかし、食べる量が少なかったとはいうものの父母の食べ口が減ってしまってからは、「おはぎ」作りを止めて市販品を求めることにした。
更に、俺が糖尿病治療に励むようになってからは、「おはぎ」とは縁遠い食べ物になった。
「おはぎ」を供えながら想い出す昔話。

03/18には桜が咲いたとの事だったが、今日の箱根山では雪が降っているそうだ。
桑田佳祐 – ライブ映像作品『がらくたライブ』トレーラー

桑田佳祐 YouTubeより

出身地に見る帰巣本能

 一昨日前からの降雪は断続的に続いている。予報では明日の午前中まで続くそうだ。雪は飽きた
今日は2月13日。退職予定者も就職予定者も、それぞれ準備を始めているのだろうか。

秋田県出身の俺が、終の棲家として石川県を選ぶというのも珍しいだろうと思う。
秋田県の中でも、生まれ在所の鹿角郡(現・鹿角市)は奥羽山脈の分水嶺へと続く寒い地域である。小学校低学年の頃に親父の転勤に伴って転居した秋田市は日本海からの西風が寒く、鹿角市ほどではないものの冬季は朝の除雪から一日がはじまった。小学校から高校まで、出社前には大通りへ続く私道の雪掻きをしていた親父の姿が冬の景色の一コマであった。そんな寒さに嫌気が差したのであろう親父は、退職が見えた時点で暖かい地域へ転居した。

そのおかげで俺は、極稀には雪が降り、些少の雪に大騒ぎするような横浜市に住み、秋田での寒さや雪なんちゅう物とは縁遠い生活を堪能して人生の大部分を暮らす事ができた。退職間際に移り住んだ鎌倉も、寒さの話題は出ない土地だった。
そのような暮らしができることは、出征前は東京で暮らし南方で終戦を向かえた親父の、「雪の降る寒い所で暮らしたくない」という暖かい土地への憧れがあったからだったのだろう。

♪あぁ、それなのに...バカな倅はまた、豪雪地帯と認定される石川県で死ぬ道を選んでしまった。
どこで死んでも同じだろうと考えた上での土地選びであったが、いざ暮らしていると年寄りとしては寒さが堪える。
しかし、太平洋側の「地震が来るよ」と脅かされる地域よりは安心して暮らせると言うべきか。とは思うものの、老後や死後を心配するくらいならば、いっそのこと予想しない巨大自然災害で死ぬというのも悪くは無かったな~と思ったりもする。それでも、天下の首都圏で老後を暮らすよりは、Jターンした事を是と考えている。(Uターン / Iターン)
なごり雪 - イルカ (伊勢正三が作詞・作曲したかぐや姫の楽曲)



俺の知る団塊世代の人達では、東北出身者の就職先は「東北第一の都会である仙台」が多かった。東京圏に就職した者は少なく、居ても早い時点で東北圏にUターンしている。少なくとも退職すればUターンしている。
一方、鹿児島出身者の就職先は東京圏が多かった。(何故か俺は、関西以南の人、特に鹿児島県人は大好きだ) 鹿児島以外の九州圏出身者の就職先は「九州第一の都会である福岡」が多かったと聞くが、福岡を素通りして大阪圏を選ぶ者も多かったと聞く。しかし、福岡や大阪圏への就職者の状況は知らない。俺の知る東京圏就職組の鹿児島出身者の場合、東京圏で作った家を終の棲家としUターンしない者が多い。勿論、東北出身者と同様に早い時点で九州圏にUターンした者もいるが、圧倒的に戻らないと決めた者の方が多い。
昔の地方出身者は「東京に行かなければ有名になれない」として上京し、有名に成れず故郷に錦を飾れなかった者が多かったようだ。また、有名に成っても故郷へは戻らなかった者も多かった。
東北出身者と九州出身者を比べても、帰巣本能に差異があるのかは解らない。
しかし、故郷を出るにあたっての覚悟として、「帰り易さ」のポイントは高いのではないだろうか。

今では新幹線で日帰りできる故郷が多い。しかし、俺が秋田から就職上京する頃は汽車ポッポで1日掛かりだった。あの距離と時間は「故郷を捨てる」と身に染みて考えるには十二分であった。過去記事:東京に行く事
一方、九州出身者は当時最先端の寝台車を利用したと聞く。「目が覚めれば到着」していた距離感は「身近な故郷」感覚が残るのではないだろうか。古くより、沖縄からの就職者には飛行機を利用させたそうだ。これは、長時間掛けて海を渡った遠い故郷という感覚を拭うことで、ホームシックにならないように取り計らった事と聞く。

政府の中央官庁勤務者は、出身地によって勤め先が決まる的なことが未だにあると聞く。また、聊か古い話題だが、警視庁には鹿児島出身者が多く、銭湯を営むのは新潟出身者が多いそうだ。
先輩の伝手を頼りに故郷を離れ、先輩の指導を受けながら人生を歩み、そして上京地で花を咲かせ散る...

今東京で先祖代々の江戸っ子を気取っている人達は、徳川の城江戸の町を作る際に茨城あたりから連れてこられた作業員と女郎との間に生まれた子供の子孫だろうか。その子孫が「徳川様の世」から代る時に進軍して来た薩長の田舎侍と懇ろになって東京ができたかと考えれば、東京の有難味も薄れるというものだ。WikiPedia:江戸言葉
もっとも、古代より日本全国で男性の移動は盛んだったというから、地域の固定種は女性だけかも知れない。

今年(2018年)の3月31日に退職する人達は、1952年(S27)生まれの人達(182.9万人)で、いわゆる「ポスト団塊の世代」とか「しらけ世代」と呼ばれる年代だ。団塊世代新人類との繋ぎとなり、バブル景気が起こる前に成人した。
1950年代前半に生まれた世代は高度経済成長時代初期に小学校入学、大学進学率は20%ないし30%であり、「金の卵」として中卒や高卒で集団就職した者が多かったとのことだが、退職後の彼等は故郷に帰るのだろうか。
1952年12月31日に日本劇場第4回NHK紅白歌合戦をテレビ・ラジオ同時生中継。この回から紅白は毎年大晦日に開催となった。日劇は惜しまれて過日(02/04)営業終了した。紅白音楽試合は執拗に続くらしい。
マンガで読む NHKヒストリー | 特集記事から探す | NHKアーカイブス
俺も長生きした場合に備えて、少し若い年代の気の合いそうな地域のネット友を探す事にしよう。

ふるさとのはなしをしよう
 歌詞
歌:北原謙二     作詞:伊野上 のぼる     作曲:キダ・タロー


関連過去記事:野々市の人になって1年が経つ / 44年が過ぎる / 東京圏の年寄は脱出を

三十路の俺は

最近の結婚年齢は遅いらしい。 大都会では30歳を過ぎた女性でも慌てる事は無いようだ。
と言うよりも、結婚するという気持ちが無いとも聞く。しかし、皆無ということではなく、理想の相手に当たらないということらしい。理想を云々と言えるほど選べる立場なのかは知らないが、結婚するならば早いうちが良かろう。
孫のような年代の子供を可愛がる親というのが、美しい景色には見えない。

俺の親父は二度徴兵された。そして太平洋戦争後に俺が生まれたのは、母親が39歳。父親が43歳の時だ。
概ねは、現代の都会の夫婦の初めての出産年齢であろう。
今にして考えれば、39歳の女性ならば「アラサー」とか言いながら街をぶらつくのだろうか。
以降、高卒で就職した年に親は既に60歳を過ぎていた。俺が働き盛りとなった30歳代には古稀を過ぎていた。
今の俺よりも高齢に達していたということを改めて感じるものの、当時の俺としては「親は親」とい感覚であった。
「仕事が忙しい」という大義名分を振り立てて、親の事を考えることも無く、未来を語り合うことも無かった。

因果応報とも言う。そんなものなのだろう...と思う昨今である。

SpaceXのファルコンヘビーがどのように飛んだのかを公式CGアニメで見てみよう | ギズモード・ジャパン

SpaceX YouTubeより

女将は出立

女将は横須賀の歯医者に出掛けた。 前回(2017/08/07)同様に単独行である。
帰宅は11/29の予定。転居以来、これで上京回数が既に4度目になるのか
俺は新幹線未体験どころか、眼の手術騒ぎと左肩骨折騒動で2年は電車に乗っていない。
ライブカメラにて金沢駅から新幹線が出ていくのを確認したが....俺も出掛けたいな~

北陸新幹線 金沢駅ライブカメラ Kanazawa Station Live Webcam Ishikawa, Japan

北陸朝日放送公式ページ より
JR西日本列車運行情報 / 時刻表

一切れのパン

朝は食パンを一切れと決めている。それも、六枚切りだ。
今の住処で暮らしだしてからはもっぱらトーストすることに決めている。
トーストする香りを楽しみながら、何を塗るかを考えるのは数少ない思案のネタの一つだ。
とは言うものの、バターにするかジャムにするかの二つの選択肢しか無いのだから、悩むほどのことではない。
糖尿病持ちとしては何も塗らないという選択肢もあるのだが、それでは余りにも寂しいだろう。
青少年の時代は母の愛がこもった米の御飯を食べていたが、就職して大酒を飲むようになり二日酔が多かったので、朝食は食べないことにしていた。しかし、50歳を過ぎた頃から始めた糖尿病の治療で「糖尿病薬を飲むと血糖が下がることがあり、それを予防する為には朝食を採らなければならない」と申し渡され、渋々はじめたことが続いているということだ。 食べたくて食べているのではないため、最低限の食パン一切れということで落ち着いている。
塗る物としているバターorジャムは、指導入院の際に病院で出されたからであり、効果の程は理解していない。
以前はトーストしていなかったが、北国を終の棲家としてからは暮らしの余裕としてはじめた。早い話が暇つぶし。
本格的に治療に取り組んだ頃は医学の知識も薄っぺらであったが糖尿病というものは他の病気と同じように完治するものだと思っていた。これから仕事を辞めるのだから、その前に治しておこうという甘い考えであった。あの頃は、以前は行かなかった人間ドッグを受けたりと前向きな人生だった。
しかし、糖尿病は治らないということを知り認識したころから俺の老後が順調にスタートしたのだろう。
六枚切りパンを食べた後のアイスコーヒーを味わいながら、長いのか短いのかは見えない未来を思う日々だ。

関連過去記事:ひとりの時間に / 食パンの皮 / 朝食って

女将は出立

女将は横須賀の歯医者に出掛けた。 既に新幹線の中であろう。前回(2016/03/22)同様に単独行である。
記事を書き終える頃には、富山駅付近まで行ってしまうのだろうか。

往路は兎も角、復路は丁度お盆の帰省に絡んだ混雑時期と重なるが、旅慣れていない人の事で些か心配也。


心配症の女将は、だいぶ以前から台風5号の接近を気にしていたが、現在の様子では日本列島を縦走しそうだ。
迷走していたが、その後は九州の西側から日本に接近するとの予報がだんだんと東側ルートに変わり、とうとう当地よりも随分東側を通りそうだ。その分、関東側に寄ってしまい、彼女は台風と同行するようなことになりそうだ。
前回は春の彼岸時期だったので久しぶりに墓参りしてきたとのことだったが、今回は御盆の墓参りに行くとのこと。年を取ってからの墓参りは応える。熱中症と台風には要注意也。

帰宅は08/11の予定だが、前回(2016/04/24)と同様に新しく作られるであろう部分入れ歯の調整のため、1ヶ月程度後には再度上京することになるのだろうか。考えれば女将は、上京回数が既に3度目になるのか

女将が出かけた後に昼風呂した。そして気がついた。色々と手を入れて、女将が不在でも不自由の無いように気配りがされていた。普段は「俺よりもボケの進みが早いのかいな?」と思っていたのだが....なんの、知らないうちに色々と断取りされていた。これだけ気配りできるのならば、ボケている暇は無いだろう。
感謝。 これなら、俺がいつ逝っても大丈夫だろう。
タイガー&ドラゴン/横山剣クレイジーケンバンド

-【追記】-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
今日から立秋というのに、石川県かほく市が全国で一番の37.6℃で観測史上最高とのこと。他にも石川県内では羽咋36.7℃、志賀の36.5℃、金沢35.9℃、輪島35.3℃と5地点で猛暑日とのこと。
和歌山県に上陸した台風5号。北陸では本日の深夜頃から明日の15時くらいまでは風雨が強いとのこと。

フローリングに犬の抜け毛

「犬の毛を踏むと、2倍滑りやすい」 脱臼や骨折の恐れも 北里大など実験 - ITmedia NEWS
『犬の抜け毛がフローリングに落ちていると、2倍滑りやすくなる』とのことで、こりゃヤバイかも(?)と思い読んだが、『滑りやすくなるのは犬自身』という話題のようだ。 とはいうものの、犬が滑って脱臼・骨折する恐れもあるそうだ。

室内で犬を飼っている家庭では注意が必要だね。続きを読む

宇佐に行く

U.M.とは、大田支店勤務の頃に知り合った。
大田支店は東京都大田区のJR大森駅に程近く、大衆的な飲み屋の多い土地柄で、最終電車が無くなるとK.K.と共にU.M.のアパートに転がり込むのだ。
独身のU.M.に結婚を奨め、U.M.の産地である大分県の女性との話がまとまった時には結婚式に呼ばれたりした。

結婚式には、K.K.とT.Y.、H.N.の4人で宇佐市を訪ねた。
大分空港⇒別府⇒宇佐市 と移動して宇佐市のホテルに1泊し、結婚式に参列したのだが、詳細は記憶にない。
2泊した翌日からT.Y.の運転するレンタカーで湯布院とかを観光したが、これまた詳細は記憶にない。
なんせ、運転手以外は車内で酒を飲み、昼飯じゃ~といっては酒を飲んでいるだけなのだから、致し方無い。
3泊目は別府温泉に泊まり、フグ屋なんぞでこれまた飲む。
フグと聞いてビビッていたK.K.とT.Y.であったが、俺の強奨に一口食べたところ 「これは美味い」 ということになり、人の分にまで箸を出す始末と相成り、大笑い。 「食べ過ぎで死ぬゾ」 という落ちが付く始末。
翌日も朝から飲み、飛行機の立つ時刻まで間が有ったので、JR別府駅に程近い公衆浴場に入った。

公衆浴場との看板を見て そうなんだろうと思っていたが、内部は日本風の宿であった。
聞けば、昔は旅芸人が利用した木賃宿だったとのことで、8畳程度の大部屋から3畳ほどの小部屋が不規則に並んだ部屋だらけである。 「四畳半襖の下張」を彷彿させる作りになっていた。
公衆浴場と称するものは、半地下になっており、階段を下って入浴するというものだ。

2時間ほど仮眠したが、それも飽きたので早めに大分空港に行ってみたら前の便がフライトできずに居座っており、空港職員が3人の空席が有ると客引きすするので、それに飛び乗ったという次第。
搭乗機は最後尾にでかいエンジンが付いた機体で、遅れて乗った我々はそのエンジンに囲まれた騒音素晴らしいシートに座らせられた。 謀られた!! と思っても後の祭りである。 東京に近づいたハズなのにさっぱりと着陸せず、下には新島が見えるような位置にまで飛んで滑走路空きの順番待ちという状態にうんざり。

その後のU.M.は、目出度く第1子を妊娠し、JR大森駅近くのアパートから杉並区の社宅に転居した。
出産の為に奥方が宇佐市に里帰りしている時、U.M.の予てから希望が叶い、九州勤務ということで小倉支店に転勤が決まった。 U.M.とは、新婚の大森アパートにはじまり、社宅への引っ越しも手伝ったが、最後は里帰りしたままの為に奥方のいない社宅からの淋しい荷物運び出しまで付き合うことになった。

俺は勝手に全国に出張できたので、用事をこじつけては年に1-2度は小倉支店に行き、U.M.に逢い飲んだ。 ある時、U.M.が家を新築したので来いとの連絡があり、小倉支店から宇佐市に行った。
御立派な新築家屋は部屋数が多く、既に第2子がチョコマカとしている。 既にすっかりと大分弁に戻ってしまった奥方と、“小さな二人の女の子”の前で酔っぱらっているわけにもいかず、旅の疲れが相まって1升瓶をひっくり返した程度で早々に就寝と相成った。 翌日は、U.M.の案内で宇佐神宮を参拝することになった。
「二拝四拍手一拝」の作法を教わりながらも、二日酔いの俺はウロウロするばかり。 何を見たのか(?)は、サッパリ記憶に無い。
先日LINEに参加した際、偶然U.M.妻を発見。その後instagramにもU.M.妻の写真を発見した。“小さな二人の女の子”は立派な娘になり、当時は20歳代だった奥方はそれなりに老けていた。LINEは良いが、怖いね~

N.M.の結婚式帰りにも訪れた別府温泉や、歴史を辿りたい国東半島は、二日酔い状態ではなく改めて行ってみたい土地だね。 その際には、宇佐神宮にも行こう。 宇佐神宮(公式サイト)



アメリカでは大統領が変わったとやらで大騒ぎしている。 まあ、二・三年は話題に事欠かないだろう。

宇佐をローマ字綴りすれば「USA(うさ)」であり、 United States of America(アメリカ合衆国)と読める。
その為、宇佐神宮は「(USA)うさアメリカ神社」とも呼ぶと聞いた。 新大統領は日本が好きとの話も聞く。

死への恐怖心:考

過日、鶴田真由氏のTwitterにて告知のあったNHKアーカイブス「比叡山 千日回峰~“一日一生”いまを生きる~」を視聴した。 比叡山に在る日本天台宗の本山延暦寺の僧侶である酒井雄哉氏が阿闍梨となる修行を映した番組で、初回放送は1979年1月5日にNHK特集「行 比叡山 千日回峰」の再放送である。 WikiPedia:千日回峰行

初回放送時には、仏教を学問としてしか考えていなかった俺は、あの修行を関心深く視聴していた。
また、修行の様子も然ることながら、阿闍梨を見つめる里人信者が示す尊敬の振る舞いは極めて不思議であった。
テレビで知る限り、(少なくとも)関西以南では仏教を信仰する人達が多いようだ。特に近畿圏の古都と呼ばれる京都や奈良の里人は修行僧の托鉢には積極的に供養しているようだ。また、四国八十八箇所などに代表する霊場を巡礼することも関西以南が多いように思う。他には、京都に近い北陸地方と、幕府があった鎌倉だろうか。
俺が生まれ育った秋田では“寺や僧侶”との付き合いは極めて希薄であった。少なくとも俺の周辺では僧侶と付き合うのは葬式等の仏事の時だけで、仏教を信仰する為の証と見受ける行為をする者はいなかったと承知する。
中学生の頃に奥州藤原氏中尊寺毛越寺の存在を知り、「仏さんを拝んでどうするの」という感じであった。
仏教というものは、学問としては関心があったが、信仰の対象ではなかった。
近畿圏では仏教を信仰する人が多いのかも知れないが、或るラインから北部では仏教よりも山岳信仰というか古神道に親しむ里人の方が多いのではないだろうか。また、霊場でも慈覚大師が開山したとされる恐山だが、そこで口寄せするイタコが拠りどころなのでは無いだろうか。そんな事からなのかは知らないが、東北では阿闍梨よりも即身仏に対する信仰・敬意の方が高いように思う。ちなみに秋田の我が家では、極稀に来る托鉢僧は乞食坊主と呼んだ。
 -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
そのような信仰心が反映された結果なのかは知らないが、東北地方の自殺率は高い。一方、仏教への信仰心が高いのではと思われる地方では自殺率が低い。
この自殺率の低い地域では“死への恐怖心”が強いようだ。 “死への恐怖心”が信仰への引き金になったのか、それとも、信仰心の強さから恐怖心が発生したのかは興味深い。

93歳で逝った俺の母親は殆ど病気らしい不調は無かったが、親父が死んだ後でも「死ぬことは怖くない」と言っていた。現在67歳で色々と病気持ちの俺だが、同様に「死ぬことは怖くない」。
まるで何とも無いかと問われれば、見知らぬ土地に出掛けるような気持ちとでもいうのだろうか。恐怖心は無い。
“死の恐怖感”は無いが、死にたい訳ではない。良寛和尚の最後の言葉と言われるが「死にとうない」ね。
千一番目の神を受け入れることができる日本人は、やはり縄文人の心を持っているのだろうと納得している。
いずれにしても、無宗教の俺としては死生観と呼べるような生き方は知らないが、自分に恥じない死に方をしよう。

関連過去記事:楽しい人生は / 「尊厳死法案」ねぇ / 日本仏教の不思議 / 宗教の不思議 / チベットの死者の書 / 家を出る時-覚悟 / 100万回生きたねこ / 生への執着心は / 「青い鳥」を探して
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