無無無庵

(むさんあん) - 思考が無く - 躰が無く - 心が無く
団塊世代のセカンド・ステージ - 退職親父のボケ封じ

エッセイ

静かなカーリングを映せ

冬季オリンピックになると必ずマスコミの被写体になる「カーリング」って~ものがある。
あの競技そのものは面白そうなのだが、テレビ報道の仕方に文句があり、心から楽しむ事ができない。
WikiPedia:世界カーリング選手権 / 公益社団法人 日本カーリング協会
カーリングのストーン(石)を弾いて得点するとか、目標の円の中心に近づければ得点という、玉突きダーツを併せたようなゲームの内容は、俺的には好みである。
スウィーパー(ブラシ)で氷を掃くことで、ストーンをコントロールするジタバタ劇は致し方あるまい。
ストーンを投げた奴(スキップ)がギャーギャー騒ぐのも良しとしよう。スウィーパーとやらが思うように働いていない場面では、右だの左だの、もっと頑張れとか、色々と指図しなければスキップの責任が果たせないのだろう。

カーリングのルール説明

北見スポーツ合宿実行委員会 YouTubeより


なんだかんだと難癖を付けようにも、競技者たちはそれぞれの持ち分を成し遂げたく頑張っているんだ。

しかし、スキップが騒いでいる面相を映し続けて、それをかなり長い時間テレビ放映し続ける意味が判らない。あの時間はカットするとかしたところで、テレビで見物を決め込んでいる一般視聴者(野次馬とも)には差し支えない。
スキップが右と指示してるのにスウィーパーが左にやっちまうのを知ろうと知るまいと、それだけの事だ。

臨場感という意味ではあの声と、スキップの表情をテレビで放送した方が良いのかもしれないが、試合の間中ず~と聞かせられ見せられているとウンザリしてしまう。 静かなカーリングを楽しんで観たいものだ。

カーリング競技を行う御嬢様たちが、美人なのか、美声なのか、何をモグモグとしようが、御存分にと思うだけで、それを逐次眺めていたいとは思わない。そんな時は、騒がしいパンダを眺める気分になれば癒されるのかも知らん
カーリングゲーム  ボードゲームの遊び方・ルール紹介

木のおもちゃ カルテット YouTube

来る五月に向けて

Facebookで「友達登録」している人が、アクセスしなくなった。既に3カ月は経つ。
記事を書かずとも、シェアするとかはしている人である。何もシグナルが無い事を訝しく思っている。
鹿角市周辺の情報をネット発信している人で、俺がインターネットを始めた頃からのお馴染みさんだ。
彼の充実したサイトが有る事を知ったから、俺のサイト創作意欲が失せたとも言える。それほどに充実している。

鹿角市周辺のサイト等では彼の手に拠ると思われる物が多いが、それらの更新もなされていないようだ。
体調が優れないのだろうか....それとも。
彼の年齢は伺っていないが、俺よりはかなり先輩とお見受けしている。つつがない事を祈るだけだ。

今年も四月になって早くも10日近くが経つ。本日7日は、当地野々市市では例年であれば入学式となる日なのだが、今年は土曜日に重なったため月曜日(9日)に繰り延べとなった。子供達は少しは儲け。
一方、新入学や入社した人、退職して第二の人生を始めた人が、ブログを始めたというケースも見受ける。

そんな人の行き来を眺め、誠に久しぶりに「お気に入りを整理」する事にした。
過去記事:消えた某ブログ / 馴染みのブログが消える / ヨッシーの思い出 / 消えたお気に入りブログ / 「ブログの書き方」考

アニーローリー (JR北陸本線 野々市駅 接近メロディー )


芸術的に生き直すか?

たまたまの早朝にNHKテレビを視たところ、ロックミュージシャンの世良公則氏の最近であった。
NHK総合「ここから」2018年3月21日 午前6時30分~53分
本業はボーカリストなのだろうが、俳優としても名が売れた。
そんな氏が、陶芸に嵌まっているとのことである。

氏に限らず、芸能界でも名の売れた人たちは陶芸や絵画といった趣味を持つようだ。
そして、なかなかの腕前である。

朴念仁の俺は、これといった趣味は無い。老後の暇つぶしに何か..とも考え、工作でもしようかと思ったが、なにも物にならないというか、始める事すらしていない。

俺の場合、自分で思うには想像力が乏しい事に加えて、「過去に誰かが行った事を改めて俺がやったところで無駄な行為である」という考え方が根底にある。したがって、同じことを繰り返すつもりにはサラサラなれないし、さりとて誰もしていないことを探したところで無い...から、やらない...というジレンマである。

翻って考えれば、陶芸にしろ、絵画にしろ、いやいやその他の多くの事が既に誰かが手掛け、あるいは到達した道なのだ。いまさら俺程度の者がどうこうするようなことでは無い....と思って何もしないか、誰かが極めている道であっても歩いてみるか....という取っ掛かりの考え方の問題なのだろうか。
数学とか物理学の世界で有れば、「誰かの作った道をなぞる」事は無意味でもあり、避けては通れない道なのだろう。陶芸などの芸術方面の道ではどうなのだろうか。
俺はこれまで、数学的な人生を歩く方法しか知らなかったのかも知れない。少し、芸術的な道を探してみようか...と考えさせられている。

関連過去記事:無趣味解消を目指し(2) / 無趣味解消を目指そう

 

おはぎを買って

今日は春分の日。 春の彼岸という事で、「おはぎ」を供えた。当地への転居前ならば、鎌倉霊園参り也。
我が家では、春の「ぼたもち(牡丹餅)」にしろ、秋の「おはぎ(御萩)」にしろ、供え物は自宅で作っていた。
ちなみに、東京市荏原町で世帯を持っていた父母は、東京者に倣い春秋ともに「おはぎ」と呼んでいた。
俺が子供の頃、母がまだ若かった時分には、餅米を半殺しにした物や、こし餡・つぶし餡・きな粉などと多彩であった。親父が砂糖を好まなかった為、塩餡や胡麻まで加えなければならず、母は暗いうちから大変だった。
しかし親子3人の我が家で、そんなに作ったところで近所に配ることになるため、いつの頃からか種類を決めて作るようになった。とは言うものの、今のように「煮た小豆の缶詰」という便利な物が無い時代の事、作ってしまうと翌日まで掛かって平らげなければならなかった。

それでも当時から糖尿病になる素養があったのか(?)、酒飲みで甘党の俺としては「おはぎ」を喜んで食べた。
ということで世帯を持って以来、女将は「おはぎ」作りが忙しかったようだ。しかし、食べる量が少なかったとはいうものの父母の食べ口が減ってしまってからは、「おはぎ」作りを止めて市販品を求めることにした。
更に、俺が糖尿病治療に励むようになってからは、「おはぎ」とは縁遠い食べ物になった。
「おはぎ」を供えながら想い出す昔話。

03/18には桜が咲いたとの事だったが、今日の箱根山では雪が降っているそうだ。
桑田佳祐 – ライブ映像作品『がらくたライブ』トレーラー

桑田佳祐 YouTubeより

美女と呼ばれる女性

宮沢りえ氏が再婚した。
少女の頃には芸能界入りしもて囃された女性だけあって、未だに美しいかな(?)
とは言うものの、世の中的には彼女以外にも美女と思える女性は多い。 (WikiPedia:美人)
人ぞれぞれの好みはあるだろうし、悪く言えば「蓼食う虫も好き好き」である。
しかし、自己主張の少ない多くの日本人は、世の中が美女だと言えば自分にもそう見えているのだろう。
マスコミに美女として取り上げられられれば、自分の意見は置いてでも大勢に流される。
韓国のオリンピックには北朝鮮の「美女軍団」とやらが出没したとやらで、マスコミは大騒ぎであった。
あの程度で騒ぐのならば、自身の周辺は美女だらけだろうと思うのだが、身近には目が向かないようだ。

俺が色気付いた頃の芸能界などには、美女は少なかった。
と言うよりも、本当の美女は人前に姿を現すことは無く、その存在を知る事が無かったと言うべきだろう。
いわゆる「深窓の御嬢様」は、大衆の目に触れる事はしなかったということだ。
団塊爺としては、先輩達が美人と評価する芸能界の女性が美人には見えない。当時は芸者を本業とする女性が芸能界にも進出した時代だろう。詩人でも水商売でも美人とは言い難い。堅気の美人は人前には出てない。
今では、猫も杓子も人前に出たがり、有名になりたがっているらしい。しかし、そんな輩ほど大した面相の者はいない。それにも関わらず、取り巻きをはじめマスコミは美女を連呼し、大衆は美女だと思い込む。
他の皆が美女と言う者を、「美女ではない」と言うことで仲間外れされるのを怖がるがごとしである。

最近の美女は誰なのだろうか。
俺が若い頃に美女の数は少なかった。少ない美女は名前を憶えられた。
美女だらけの最近では、名前を覚えられない。
とは言うものの、美女と呼ばれる女性が多くなった現在でも、本当の美女は大衆の前には立たないと信じる。

俺的には、美女の好みは無い。太かろうと細かろうと、ロンパリの目だろうと、誰でも美女に見えてしまう。
また、美女と呼ばれる女性の基準があるわけではあるまい。美しさとは、心の、自信の表れだろう。
若いうちは自分の容姿・行動に自信があり、その自信が美しさとして表れている。
注目されている限り、注目に応えようとしている限り、自信は保てるだろう。
若い頃は大威張りでカメラの前でポーズをとっていた女性達は、歳とともにカメラを向けられる事を嫌がる。
朴念仁としてはあの女性の行動・心理がわからない。彼女達は、昔はカメラ目線に自信が有ったのだろうか。
うぬぼれ鏡 を買おう。
関連過去記事:デヴィ夫人:考 / 華やかでなければ / 「女」 と 「女性」写真を撮ろう-想い出作り / 人相は変えられる / カメラと鏡
お久しぶりね小柳ルミ子

最近思うんだよ

ウソかホントかは知らないが、多くの医者に言わせれば、酒やタバコは健康面では諸悪の根源ということらしい。
しかし、世の中の年寄り男性で酒やタバコは少なからず縁があるだろう。「飲む、打つ、買う」は男の意気よ。
でも、最近思うんだよ。 あんな物、最初からやらなきゃいいんだよ。
でも思うんだよ。そんな聖人君主的な生き方したら、生きる楽しみ無いよ。 アリとキリギリスだね。
悪いことをしまくって楽しく短くか、ただ生きるだけで楽しみ無く長くか....どっちでもいいんだろうね。
でもね、歳を取ってから健康をどうこうって思うんだよ。あん時、あれをしていなきゃ~てね。
そう思うようになった頃には、だいたいが手遅れなんだよ。
酒もタバコも踏み越えて長生きする事を教える親がいたところで、そんな親の子供ほど逆らうんだよね~
社会的には葬儀の手間は掛けるかもしれないが、死ぬのは当人なんだから酒も煙草も放っとけば良かろう。
病院の世話になる金も、薬を買う金も無くなったら、社会的に何かの支援・補助が受けられるのかしらん。
ある日突然、「金が無くなりましたので、明日から病院に来れません」と言ったら、どうにかなるのかね。
行き倒れ的な人は、葬儀(荼毘⇒無縁墓地)に掛かる費用は行政が出せる制度があると聞いたが....
過去記事:旅先での死 - 遺体搬送 WikiPedia:行旅死亡人
 話は違うが、過日入水自死と報じられた西部邁氏だが、最近の捜査で死の手助けがあった疑いらしい。
という事は「自殺を幇助」する者がいたということだ。もっと簡単な状態は「殺人」だったのかも知れない。
西部氏は自死する直前に安倍草履に意見書的な文書を送ったとかの報道も有ったが、財務省絡みの国会騒動を見るにつけ、大いになるほどしている。


今の森友問題で自殺したとされる財務省の人もそうだが、死神って奴は当人の知らないところにいるんだね~
今回の疑獄事件にしろ、信条思想が見えない安倍晋三だが、やはり日本会議の会員を装っているのだろうか。
次回(03/19)のNHK100分de名著-松本清張スペシャルは第3回「歴史の裏側を暴き出す」だ。図書は「昭和史発掘」。第4回は「神々の乱心」 関連過去記事:タイムカプセルでも

立派だった江戸時代

明治維新から百五十年経つのだそうだ。
明治の歩みをつなぐ、つたえる~明治150年| 政府広報オンライン
たかが1世紀半と思うものの、西暦紀年法では二十世紀しか経っていない。それから考えれば150年は長いのか。
日本の歴史で眺めれば、
  1. 明治時代は1868年1月25日(改元の詔書が出されたのは1868年10月23日) - 1912年
  2. 大正時代は1912年 - 1926年
  3. 昭和時代は1926年 - 1989年(アメリカ統治時代1945年 - 1972年)
  4. 平成時代は1989年 - 2019年となる
と、150年の中身は分割されていて、「明治維新から百五十年経った」という単純な時代区分だけで目出たがって喜んでいているのは無邪気すぎるのではないだろうか。
「戦争が終わり新しい世が始まって〇〇年」を祝うのであれば大義名分も有るように思えるが、明治維新が有ったことの何が目出たいのだろうか 「天皇制度に成った事」なのだろうか
明治維新が有った事で世の中の変化が起こったことは確かであろうが、明治維新が無かったとしても起こった変化は多い。 むしろ、明治維新が無くても起こったであろう世の中の変化の方が好ましかったのでは。
また、明治維新が起こらずに、江戸文化の延長線の中で社会が動いたならば、太平洋戦争などの世界に出かけた戦争は起こらなかったであろう。明治維新は、江戸幕府という政治慣れした集団に対して、薩長連合が錦の御旗として天皇を祭り上げることで大義名分を作り上げて行った反逆行為が成功しただけのことだ。

同様に体制派への反逆(クーデター)は何度となく繰り返され、その繰り返しが日本(人類)の歴史である。
人間と自らを呼ぶ生物は、現状に満足する事を知らず、他人が幸福になる事を望まないにも関わらず、平和を望んでいる。各人が望む平和とは、自分自身にとっての平和ではないだろうか。
飛鳥時代(6世紀末 - 710)、平安時代(794 - 1185)、鎌倉時代(1185 - 1333)、室町時代(1336 - 1573)
江戸時代(1603年 - 1868年)は約二百五十年も続いた。西洋文化に漬かりっきりになった現代とは違い、江戸時代には他人の平和に心配りできる文化だったのではないだろうか。
日本人が日本人として生きてきた文化の集大成が江戸時代だったのではないだろうか。それだからこそ、江戸時代は長く続き、日本の過去の文化を集大成することができたのではないだろうか。

 改めて考える。『百五十年前に起こった明治維新は良い事』だったのだろうか。
江戸幕府とは、全国を戦争に巻き込んだ戦争をしてまで倒さなければならないほどの悪だったのだろうか。
現代は国民と呼ばれる当時の庶民にとって、明治維新によって幸せに・平和になった事はあったのだろうか。
過去記事:これは風評かも知れない
WikiPedia:日本史時代区分表 / 日本史の出来事一覧 / アイヌの歴史 / 沖縄県の歴史 / 日本の元号一覧
特集「明治維新150年」 | 朝日カルチャーセンター
明治維新が落とす影 “藩校つぶし”の影響で今も残る医療格差|AERA dot

糖尿病患者の嘆き

過去記事「女将は、考える」にも書いたが、糖尿病の俺を気遣ってくれながら女将は美味しい物を作ろうとする。
しかし、俺にしてみれば手に変え品を変えて美味い物を作ってもらう必要は無い。むしろ、毎日同じ量の同じ物を食べている方が、体調に変化があったとしても食事が原因ではないと考えられるので手間無しだ。

簡単に言えば「ゴミでも良いから、同じ物を同じ時間に食べたい」のだ。女将が美味しい物を食べたいのであれば何でも自由に食べれば良いのである。と何度となく言うのだが、ご理解していただけない悲しさ。

それにしても、健康番組(生活情報番組)だらけとなったテレビでは糖尿病に関する能書きが多い。しかし、その能書きは「糖尿病により引き起こされる病気として、心不全や脳梗塞など等があるから注意..」ということばかりだ。
そして「こんな食生活をしていると糖尿病になる」と言う。確かにそのとおりなのかも知れないが、同じ食生活をしていても、糖尿病に成る者と成らない者がいることがわからない。同じように朝飯を抜いても差異があることは何故なのだろうか。人間の体質は平等ではないようだが、生活習慣病と称する病気程度はその原因を明確にして欲しいものだ。予防健診を受けたところで、手遅れというものだ。
WikiPedia:生活習慣病より抜粋引用
喫煙糖尿病高血圧メタボリック症候群高コレステロール血症
過去記事:一切れのパン

携帯電話を持つ意義

パソコンを弄らずネットをしない女将は、携帯電話を好まない。勿論スマホなんぞに関心は皆無である。
船舶の無線技士(トンツー)資格を持っている女将は若いころからあの類が好きでは無いようだ。それでも老後には必要な物であろうという俺の深読みと大きなお世話で、かれこれ20年以上前から携帯電話を持ってもらった。
どんなに嫌いであっても身近にあれば弄り方を覚えてくれるだろうと考えたからである。しかし、その目論見は見事に外れ、ほんのアクセサリー状態のままで今に至っている。やはり、公衆電話が好みのようだ。

とは言うものの、最近は公衆電話が少なくなった気がする。また、石川県では金沢市内の中心部以外ではタクシーはすべて呼び出しとなる。いわゆる、「流し営業のタクシー」は無い。したがって、嫌でも携帯電話は必需品となる。

そんな事情で、外出時はガラケーを持って出かけるようになった。しかし、持って出かけるのは自分がタクシーを呼ぶ為に掛けるかも知れない時だけで、掛かってくることは考えていない。
ガラケーの電話番号は誰も知らないから、掛かってくれば俺ということだ。そして、俺が万一掛ける場合は生死の時だけなのだが....そんな事を知ってか知らずか、また今日の外出もガラケーを持たない
関連過去記事:衛星電話を増やしたい / 携帯電話を持とう / お別れ公衆電話 / 携帯電話を持とう / 「かえるコール」考

雪が降ったとか寒いとかぼやいている内に時は移り、弥生の三月となった。
古代ローマの暦ユリウス暦より前)においては、年の最初の月は現在の3月にあたる。
閏年の日数調整を2月に行うのは、当時の暦での最後の月に日数調整を行っていたことの名残である。
3月はその年の11月と同じ曜日で始まり、平年には2月と同じとなる。
数日で桃の節句だというのに、日本全国に春の嵐が吹きまくり当地でも明日は降雪との天気予報也。
とは言うものの、二・二六事件の日にも大雪だったというから、殊更珍しくもないということだ。
そろそろ、新たな希望と共に上京する者や、お仕事ご苦労でUターンする者達で、電車が賑わう。

満州娘服部富子) 1938年の音楽 / 軍国歌謡

出身地に見る帰巣本能

 一昨日前からの降雪は断続的に続いている。予報では明日の午前中まで続くそうだ。雪は飽きた
今日は2月13日。退職予定者も就職予定者も、それぞれ準備を始めているのだろうか。

秋田県出身の俺が、終の棲家として石川県を選ぶというのも珍しいだろうと思う。
秋田県の中でも、生まれ在所の鹿角郡(現・鹿角市)は奥羽山脈の分水嶺へと続く寒い地域である。小学校低学年の頃に親父の転勤に伴って転居した秋田市は日本海からの西風が寒く、鹿角市ほどではないものの冬季は朝の除雪から一日がはじまった。小学校から高校まで、出社前には大通りへ続く私道の雪掻きをしていた親父の姿が冬の景色の一コマであった。そんな寒さに嫌気が差したのであろう親父は、退職が見えた時点で暖かい地域へ転居した。

そのおかげで俺は、極稀には雪が降り、些少の雪に大騒ぎするような横浜市に住み、秋田での寒さや雪なんちゅう物とは縁遠い生活を堪能して人生の大部分を暮らす事ができた。退職間際に移り住んだ鎌倉も、寒さの話題は出ない土地だった。
そのような暮らしができることは、出征前は東京で暮らし南方で終戦を向かえた親父の、「雪の降る寒い所で暮らしたくない」という暖かい土地への憧れがあったからだったのだろう。

♪あぁ、それなのに...バカな倅はまた、豪雪地帯と認定される石川県で死ぬ道を選んでしまった。
どこで死んでも同じだろうと考えた上での土地選びであったが、いざ暮らしていると年寄りとしては寒さが堪える。
しかし、太平洋側の「地震が来るよ」と脅かされる地域よりは安心して暮らせると言うべきか。とは思うものの、老後や死後を心配するくらいならば、いっそのこと予想しない巨大自然災害で死ぬというのも悪くは無かったな~と思ったりもする。それでも、天下の首都圏で老後を暮らすよりは、Jターンした事を是と考えている。(Uターン / Iターン)
なごり雪 - イルカ (伊勢正三が作詞・作曲したかぐや姫の楽曲)



俺の知る団塊世代の人達では、東北出身者の就職先は「東北第一の都会である仙台」が多かった。東京圏に就職した者は少なく、居ても早い時点で東北圏にUターンしている。少なくとも退職すればUターンしている。
一方、鹿児島出身者の就職先は東京圏が多かった。(何故か俺は、関西以南の人、特に鹿児島県人は大好きだ) 鹿児島以外の九州圏出身者の就職先は「九州第一の都会である福岡」が多かったと聞くが、福岡を素通りして大阪圏を選ぶ者も多かったと聞く。しかし、福岡や大阪圏への就職者の状況は知らない。俺の知る東京圏就職組の鹿児島出身者の場合、東京圏で作った家を終の棲家としUターンしない者が多い。勿論、東北出身者と同様に早い時点で九州圏にUターンした者もいるが、圧倒的に戻らないと決めた者の方が多い。
昔の地方出身者は「東京に行かなければ有名になれない」として上京し、有名に成れず故郷に錦を飾れなかった者が多かったようだ。また、有名に成っても故郷へは戻らなかった者も多かった。
東北出身者と九州出身者を比べても、帰巣本能に差異があるのかは解らない。
しかし、故郷を出るにあたっての覚悟として、「帰り易さ」のポイントは高いのではないだろうか。

今では新幹線で日帰りできる故郷が多い。しかし、俺が秋田から就職上京する頃は汽車ポッポで1日掛かりだった。あの距離と時間は「故郷を捨てる」と身に染みて考えるには十二分であった。過去記事:東京に行く事
一方、九州出身者は当時最先端の寝台車を利用したと聞く。「目が覚めれば到着」していた距離感は「身近な故郷」感覚が残るのではないだろうか。古くより、沖縄からの就職者には飛行機を利用させたそうだ。これは、長時間掛けて海を渡った遠い故郷という感覚を拭うことで、ホームシックにならないように取り計らった事と聞く。

政府の中央官庁勤務者は、出身地によって勤め先が決まる的なことが未だにあると聞く。また、聊か古い話題だが、警視庁には鹿児島出身者が多く、銭湯を営むのは新潟出身者が多いそうだ。
先輩の伝手を頼りに故郷を離れ、先輩の指導を受けながら人生を歩み、そして上京地で花を咲かせ散る...

今東京で先祖代々の江戸っ子を気取っている人達は、徳川の城江戸の町を作る際に茨城あたりから連れてこられた作業員と女郎との間に生まれた子供の子孫だろうか。その子孫が「徳川様の世」から代る時に進軍して来た薩長の田舎侍と懇ろになって東京ができたかと考えれば、東京の有難味も薄れるというものだ。WikiPedia:江戸言葉
もっとも、古代より日本全国で男性の移動は盛んだったというから、地域の固定種は女性だけかも知れない。

今年(2018年)の3月31日に退職する人達は、1952年(S27)生まれの人達(182.9万人)で、いわゆる「ポスト団塊の世代」とか「しらけ世代」と呼ばれる年代だ。団塊世代新人類との繋ぎとなり、バブル景気が起こる前に成人した。
1950年代前半に生まれた世代は高度経済成長時代初期に小学校入学、大学進学率は20%ないし30%であり、「金の卵」として中卒や高卒で集団就職した者が多かったとのことだが、退職後の彼等は故郷に帰るのだろうか。
1952年12月31日に日本劇場第4回NHK紅白歌合戦をテレビ・ラジオ同時生中継。この回から紅白は毎年大晦日に開催となった。日劇は惜しまれて過日(02/04)営業終了した。紅白音楽試合は執拗に続くらしい。
マンガで読む NHKヒストリー | 特集記事から探す | NHKアーカイブス
俺も長生きした場合に備えて、少し若い年代の気の合いそうな地域のネット友を探す事にしよう。

ふるさとのはなしをしよう
 歌詞
歌:北原謙二     作詞:伊野上 のぼる     作曲:キダ・タロー


関連過去記事:野々市の人になって1年が経つ / 44年が過ぎる / 東京圏の年寄は脱出を
安倍内閣の退陣を熱望

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