無無無庵

(むさんあん) - 思考が無く - 躰が無く - 心が無く
トキメキ団塊親父のセカンド・ステージ - 退職爺のボケ封じ

コラム

危なくたって故郷だ

人は、自分の環境を基準にして物事を考える。
そして危険だとか色々と言うが、危険な場所で生まれ育った者は、それが日常である。
不潔なところ、医者なんかいないところ...etc.

天国を知る人にとっては地獄はとんでもない場所なのかも知れないが、地獄しか知らない人にとっては。
水槽のメダカは、隣に水槽が有る事を知らない、人間と威張ったところで、隣に星が有る事や、別の宇宙が有ることを知らない。言わんや、臨家の事も知らなければ、妻の頭の中身だって知らない。

それでも人は、すべてを知っているかのつもりで生き、そして死ぬ。知らずとも生きることはできる。
他人が危ないと思おうとも、自分の周りがすべてである。危なくたって故郷だ

青森の峠さんの話

「サイト作り」を始めた頃は、その作業を「ホームページを作る」と称していたっけ。
ホームページとは、サイト内のトップページを示す用語で、サイト全体を示さない。
まあ、それは兎も角。始めた頃は訳も分からずにHTMLを書いていたが、巷を見渡すと掲示板とやらを設置しているサイトがあり賑々しく見えた。掲示板とやらを設置する為にはCGIとかが必要という事を知り、CGIが利用できるという「すその.com」という個人運営の無料サーバーをレンタルした。
しばらくは掲示板の類を設置しては喜んでいたが、「検索エンジン」なる物に食指が動いた。
今では、GoogleやYahoo! JAPANなどを利用すれば済むことであり、「検索エンジン」なんて~物を自分で設置しようなどという酔狂な人は少ないだろうが、当時はアメリカのYahoo! が代表選手だったろう。

最近は(昔も?)リンクを張る事について色々と意見があるようだが、当時は「検索エンジン」に登録していただくことを申し込んで、審査を受けてから、やっとリンクしてもらえる...という事だった。
名立たる「検索エンジン」に登録されるということは、そのサイトは登録に値する認定を受けたようなものだった。その一方では、面倒な事をしてまで「検索エンジン」に登録はしたくない....さりとて、自分のサイトを賑やかにしたい...という人が多く、個人サイトが設置した無審査で登録できる「検索エンジン」は、SEOがどうしたとか言いながら集客効果を狙う上で重要な道具であった。

個人サイトが設置する「検索エンジン」と言っても色々有り、俺的には色々と遊んだ結果「Yomi-Search」に落ち着いた。(Yomi-Search原作者の WonderLink-Yomi 様は、現在見当たらなかった)
ということで、「Yomi-Search」を利用した「検索エンジン」を設置して遊んでいる頃に、知り合ったのが「とうげ」さんである。「とうげ」さんを知った当初は「峠サーチ」とタイトルしていたが、以降「TOUGEサーチ」と改名されており、最終的なタイトルは覚えていない。いずれにしても、青森の人だ。

その「峠サーチ」は、ディフォルトの「Yomi-Search」に独自を改良を加えており、『どのようにしているのか?』解らないところが癪のタネであった。結局、俺のホームページ作りの技術では如何ともできない事が判った頃に見つけたのが「Yomi-Search [ XOOPS ] 」である。
XOOPSマニアサイトの管理人「nao-pon」氏が、CGI版Yomi-SearchをXOOPSに改良した物で、「峠サーチ」に網羅されている機能はすべて満たしていた。(こんな感じ⇒リンク集 - XOOPSマニア)
俺は、あれがきっかけでXOOPSの世界に浸ってしまった。当時の知り合いは未だにXOOPSの世界で充実しているようだ。俺も視力が戻ったら、もう一度遊んでみたいものだ。

「峠サーチ」は、ある日突然閉鎖宣言があり、予定どおり閉鎖された。もう10年以上前の出来事だ。
管理人さんと掲示板で交わした会話から思うに、雰囲気としては俺より若干年上で、現在なら75歳に成るのかもしれない。当時はせいぜい60歳程度。殊更に体調の問題があったようにも見えなかった。
「青森の峠さん」の行方をネットで探しているが見つからない。「峠サーチ」の利用経験者でもいたら知りたいものだ。「とうげ」さん本人の情報は大歓迎である。

過去記事:消えた某ブログ / ヨッシーの思い出 / 消えたお気に入りブログ / ブログ開設が華やかに / ブログ幕引きの仕方 / 執筆者不在のブログ / 残されるホームページは(?) / 紛らわしいブログタイトル / 「ブログの書き方」考 / 「ト坊」を訪ねて

関連過去記事:このブログはリンクフリー / パソコン利用歴 / ホームページ開設に掛かる壱考察 / ブログの紹介 / 想い出のバナー

本人確認は難しい?

08/23から処暑也。「暑さが峠を越えて後退し始める頃」を言うそうだから、地球の歴史も変わらない。
変わらないとは言うものの、現代のクロマニョン人が地球を闊歩しだしてからのことだから、最近の事だ。
更に最近では「オレオレ詐欺」とやらで年寄りの小銭を騙し取る出来事が多発しているというのだから、クロマニョン人と威張ってみたところでろくなものではない。増してや、同じクロマニョン人を先祖とする民族が、国家が、互いに罵り合っている地球と言うのは、神様とやらが望んだ姿なのだろうか。

コンピュータ世界という半分バーチャルな世界では、何らかの方法で本人確認する方法が必要になる。
現在、パソコンの世界ではパスワードによる本人確認か主流だが、passwordとは合言葉(あいことば)を指すと聞けば恐れ多さが消し飛んでしまうようだ。とは言うものの、日本政府肝いりのマイナンバーカード(個人番号カード)にしたところで、『コンピュタ技術を利用した顔写真認定』を利用しているだけの事だ。
結局は、顔を見て確認するのが本人確認の最終手段ということだろう。
電話なんて便利なようで不便な道具の声を聴いて「オレオレ」と語る者を孫と信じる年寄りをバカにするではない。「オレオレ」と語る声を孫と信じられない世の中こそが悲しい現実である。
電話にしろ、テレビにしろ、巷の音声はすべて電気的な合成音であって、自然な声ではないのだ。

E・E・スミスのSF小説、レンズマン・シリーズは、高校時代には夢中になって読んだ。
正義の味方『銀河パトロール隊』の隊員である事を示すアイテムは、悪漢によりすぐに寄贈されてしまい、正義の味方であることを示すことができない世の中になっていた。
しかし、アリシア人から与えられた「レンズ」と称する認識票は、それを所持する個々人に特化したアイテムであり、分析・合成が不可能な未知の物質でできており偽造は不可能であった。それを身に着けたレンズマンは、民衆の信頼を得ることができ正義を行うことができた...めでたし。

といった内容である。「レンズ」を与えるアリシア人とは、簡単に言えば「正義の側の神様」だろう。
神様が与えた偽造不可能の物質を身に着けてこそ、初めて正義を行うことができるということか。
家庭訪問で「チラリと見せる警察手帳」の、なんと嘘臭いことだろう。見せると減るとでも言わんばかりに、すぐに引っ込めたがる。警備サービスセコム等は、「もう充分」という程に目の前に出す。
教育の仕方の違いなのだろう。警視庁の門番は立っているだけだが、自衛隊駐屯地の番兵は厳しい。

いずれにしても、完全無欠な本人確認の方法は無く、増してやパスワードなんかは気休めであろう。
俺が子供時代の月光仮面とかまぼろし探偵なんて~覆面した者は、怪しい以外の何者でもない。しかし、日本人の美学は「どこの誰だか知らない人が、こっそりと行う正義」であろう。でかい顔して、大声で騒ぎ立てる安部草履などは日本人としての有り様ではない。
関連過去記事:Privacy Badgerを試行 / 迷惑メール対策:学 / FacebookのPWを変更 / IE11をアンインストール / パスワードを作る:学 / この先は詐欺サイトです

老人ホームのブロガー

ブログを続けていると、自分の経験していなかった事を知る事ができる楽しみがある。
中には「楽しみ」と分類する事は失礼な場面もあるが、この記事では「悲しみ」等の一切合切をまとめて
「楽しみ」と表記する。

その「楽しみ」の中では、未経験の出来事や、某出来事に対する個人の対応や考え方、といった事柄は特に興味深い。その意味からは、「気紛れにブログを変える」若い人よりも、「同じブログで執筆する」高齢者の方が、同じ内容の楽しみについて過去記事を読めるので取っ掛かりやすい。また、人生が長い分だけ「楽しみ」の種類も豊富であり読み応えがある。特に病気に関する記事は誠に参考になる「楽しみ」也。
しかし、病気になった頃にはブログを執筆し、病気の進行や時間の経過とともに執筆頻度は増える傾向があるが、手術などの治療を経た後にはブログの執筆を止めてしまうケースが多いようだ。
止める事についてとやかく言えないが、小説で言うならば佳境に入ったところで筆を折られると拍子抜けだ。ネット接続できないとか、接続料金が無いとかで、パソコンを使えない環境になったのであれば兎も角、たらたらとでも「その後」を続けて欲しいと思う。

そんな環境の変化が影響する為なのかはわからないが「老人ホーム入居者と推察される人のブログ」には未だ出会ったいない。しかし、架空の世界とは言えテレビドラマ『やすらぎの郷』には小説家が入居して執筆しているのだから、あながち居ないということではあるまい。
と言うことで、「老人ホームのブロガー探し」を始めようと思う。併せて、若い知識人も探そう。
過去記事:「のんびり村」を探そう / 旅立ちの家 / ブスでも美人に見える? / やすらぎの刻〜道:考

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「Yahoo!くらし」開始。引っ越しや結婚で必要な手続きを確認できる - Impress Watch
Yahoo!くらし

関連過去記事:鳥は疲れないの / Googleアカウント脱:学 / にほんブログ村:考 / ブログランキングで学ぶ / 80歳超えのブロガー / 消えた某ブログ / ブログ書く人花なら? / ブロ友は気楽で良い?

熊さんは悪くない

北海道の大都会、札幌市内(南区藤野地区)に熊が出没しているとのことだ。

自慢じゃ~ないが、石川県金沢市内でも熊やイノシシ・猿が出ている。当地野々市市でも出たと聞くが。
金沢市内と言ったところで、富山県との県境の高い山のテッペンまでが金沢市だから、人間は「熊が出た」と言うが、熊にしてみれば「人間が出た」とたまげているかも知れない。否、人間を相手にしていない。
石川県危険動物情報 | 危険動物ニュース
どちらが侵入者なのかは詮索しないが、今年の暑さでは熊さんだって食べ物が無いだろう。
人間が育てた物だろうが自然の物だろうが、熊にしてみれば食べ物である事には変わりはあるまい。

ペットを可愛がるだけの最近の人間は、熊と聞けば怖いものであるという印象しか持たないようだ。
確かに、あの牙や爪を見れば怖そうだ。しかし、爪も牙も敵を攻撃する為にあるものではなかろう。
本来は、食事をするためのものであり、木登りする為のものであった。しかも、進化したとは言え、自然に有るものであり、敵を殺す為の道具ではない。しかし、本性は殺戮を好む先祖ホモサピエンスの末裔の人間は、自分たちの思考に当てはめて考え、人間を攻撃するための武器と思い違いしているようだ。
人間だって、やたらと塗りたくった飾りの爪や、大口を開けてアイスクリームを食う為の牙があるだろう。
動物園の檻に入っていれば虎も可愛いとほざく人間、自然界では不必要に怯えるだけの毛の無い猿だ。
人間も大昔は、耕作物を刈り取る為に鎌を考え出したのだろうが、歴史の中で「鎌で殺人ができる」事を知った。そして、鎌を進化させて剣を考え出したのだろう。そうして、原子爆弾を作り、それまでは一人ずつしかできなかった殺人を効率的に行えるようになった猿の成れの果てである。
そんな人間にとっては、熊やイノシシの牙は、殺人の道具にしか見えないのかもしれない。

俺のふるさと秋田八幡平クマ牧場では、10年ほど前になるが飼育員死亡事故があった。(クマ牧場)
自然界で暮らす熊と、飼われている熊。いずれも、人間風情の情けは受けたくないのではなかろうか。
これから秋が深まり、熊さんの出没話が増えるだろう。当地では子熊であろうと容赦なく殺処分だ。
可愛そうにとは思うが....札幌のように2m近いデッカイ熊と遭遇するのはごめんこうむる。
熊は愛情を混めてじゃれたつもりでも、やわらか人間の首が飛んでしまう

オリンピック景気:考

来年の今日は、2020年東京オリンピックの終演が近い。
7月24日から8月9日までの開催期間だが、意味も無く御祭り騒ぎが好きな日本人はオリンピックに沸いているのだろうか? それとも、帰郷ラッシュとやらの大移動をはじめるのだろうか。
2020年の夏の甲子園は8月10日に開幕し16日間開催される。順調に消化すれば決勝は8月25日となる。
2020年東京パラリンピックは、8月25日から9月6日までの開催期間。
2020年(令和2年)カレンダー(祝日・六曜・月齢)|便利コム
1949年。団塊世代の最後に生まれた俺が就職した年には、1964年東京オリンピックの建設ラッシュが終わっていた。それでも、オリンピックに向けた建設ラッシュの余韻からか、秋田出身の高校生が潜り込める就職の間口は開いていた。学校の推薦ということで、国家公務員試験の就職先を棒に振って就職したが、未だに正解であったのかは判らずにいる。

前年までは東京だけで3桁の新規採用が有った当社だが、俺が入社した1968年(S43)は1桁であった。
当時の風潮として先輩・後輩の序列厳しき中で、酒だけは強かった俺は見かけだけの腕力も手伝って、後輩と言えども随分と良い扱いを受けていた。オリンピック建設ラッシュが通り過ぎた時期ですら...と思えば、建設ラッシュ・金使い放題の真っ最中の時期であったなら如何ほどであっただろうかと想像できる。

2020年東京オリンピックに向けた建設計画は幾分遅れているという報道も有る。遅れているのであれば尚更に、今は建設ラッシュ・金使い放題の真っ最中の時期なのかもしれない。
何を捉えて「オリンピック景気」と呼ぶかは色々あるだろうが、〇〇億円単位で儲ける人達にとっては既に過去完了なのだろうか。一方、開催期間中に儲けようという人達にとってはこれからなのだろうか。
後者のグループにとっての「オリンピック景気」は期待できる程の儲けはないのではなかろうか。
未だに最終結論の出ない消費税率10%が確定したなら「オリンピック景気」どころではあるまい。
1986年(S61)12月から1991年(H03)2月にはバブル景気になった。
今が「2020年東京オリンピック景気」であるならば、それに続いて何が起きるのだろうか...等と10年後を心配するほどに長生きできるだろうか...それ以前に、日本は、世界は存続しているのだろうか。

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東京新聞:羽田新ルート 3月運用へ 都心通過 都など容認:社会(TOKYO Web)


新しい使われ方(滑走路と飛行経路) - 羽田空港のこれから - 国土交通省

ネコ歩き:考

一人っ子だったせいなのか、近所でも習慣がなかったせいなのかは知らないが、俺はペットに関心が無い。
一方、女将はペットと言うか、動物の類であれば何でも大好きっ子である。
俺も退職して以来は暇なせいか何となくペットに関心を持っている。しかし、飼育してまで愛玩するほどの関心は無い。女将はそんな俺の心を見透かしているのか(?)、殊更に飼おうとも言い出さない。
花の手入れをする等で庭に出ていると、散歩中の近所の犬が挨拶に寄ってくるので遊んでいるようだ。

最近のペットブームで、テレビでも犬・猫を扱う番組が増えたようだ。そんな中でもNHKの「岩合光昭の世界ネコ歩き」は芸能人の騒がしさも無く、淡々と動物写真家・岩合光昭氏が世界各地のネコを動画で撮影したもの(ネコの目線の高さで撮影されている)が放映されるという企画が気に入っている。

のんびりとテレビに映るネコを眺めている時間はまんざら嫌いではない。被写体であるネコも役者だな~と見るが、それ以上に撮影する岩合光昭氏がネコに気に入られる姿には恐れ入ってしまう。
撮影後記的な記述を読むと、ひとつの撮影期間は1週間程度とのことだ。その間にネコに取り入って安心感を得て撮影しているということだ。俺のような者ならば、一生付き合ってもあんなに仲良しにはなれまい。
岩合氏は、ネコに限らず猫科の動物には独特の仲良し感があるということを読んだことがあるが、然もありなんと思う。父・岩合徳光の助手として動物写真家を志したとの事だが、DNAということなのだろう。
岩合光昭の世界ネコ歩き - NHK番組公式
『劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き コトラ家族と世界のいいコたち』本予告編

シネマトゥデイYouTubeより

ツバメが来た話

今年の梅雨時に、我が家にツバメが避難してきた。
日が暮れた頃バタバタと興奮した様子で庭から駆け込んだ女将から、ツバメの親子がいる事を聞かされた。
庭に出て覗いて見れば、よりによって窓のシャッターの上部に親子のツバメが5羽でうずくまっていた。
あんな狭くてツルツルした場所に避難しなくとも他に場所が無いわけではあるまい。
そもそも、我が家のような環境でなくとも、他に旧家風の軒先があるではないか...などとも思う。
シャッターの上部だから、カラスに悪さをされない場所では無い。雨風を防げる場所でも無い。何が気に入ってあんな場所に避難したのだろうか。
翌日、生き物大好きの女将は、屋根の有る洗濯干し場の物干し竿を外してツバメが止まれるように麻縄に交換。そんな事をしたところで、自然の生き物は好きな場所を選ぶだろうと冷めた目で見ている俺。
せっかく設けた麻縄の避難場所をツバメが使わない事について女将は色々と分析するのだが、要するに御好みではなかったようだ。

ツバメは10日間ばかり、夕方になるとシャッターの上部に避難していた。日が昇る頃にはどこかへ出かけるのだが、夕方になると律義に避難してきては5羽がまとまるようにして眠りに入っていた。
しかし、はじめは小さくてシャッターの上部の狭い場所でも十分な広さだったのが、日が経つにつれ狭くなってきたようだ。ある日からツバメは避難して来なくなった。植えられたばかりの田んぼの稲が育つにつれ、子ツバメ達の飛行訓練も進んでいたらしい。結局、麻縄の出番はこなかった。
ツバメが来なくなって既に日にちが経った。田んぼの稲も穂をつけてきた。
夕方に散歩すると、コウモリと一緒にツバメが晩飯の真っ最中だ。そんなツバメの中で電線に泊まって俺を見ている数羽がいる。あいつらは我が家のツバメだろうかしらん....などと思ったりもする。
既に8月、世の中は暑い。

ふっと、「王子さまとツバメ」の童話を思い出した。アイルランドの「幸福な王子」、有島武郎の「燕と王子」。どっちだろうか(?)と考えながら、両方を読むことにした雛な爺である。(追記:内容は同じだった)
WikiPedia:幸福な王子より抜粋引用 (アイルランドオスカー・ワイルドの小説)
町の中心部に高く聳え立つ自我を持った王子像が、あちこちを飛び回って様々な話をしてくれるツバメと共に、苦労や悲しみの中にある人々のために博愛の心で自分の持っている宝石や自分の体を覆っている金箔を分け与えていくという自己犠牲の物語。最後は、宝石もなくなり金箔の剥がれたみすぼらしい姿になった王子と、南に渡っていく時期を逃して寒さに凍え死んだツバメが残る。

何もしない時間

お地蔵さんのパソコン弄りをしてばかりいるよりも、何もしない時間を作ろう。
定年男性の新形態、パソコン前で「お地蔵さん」現象はなぜ起こる | ダイヤモンド・オンライン

「にんじん」の想い出

最近は何故か「発達障害」を取り上げたテレビ番組が多い。
発達障害とは言葉だけしか知らなかったが、WikiPediaによれば『身体や、学習、言語、行動において一連の症状を持つ状態で、症状は発達中に発見され、通常は生涯にわたって持続する障害の総称』とのことだ。
平成16年12月10日には発達障害者支援法で定められており、「国立障害者リハビリテーションセンター」は発達障害者情報センターを兼ねているらしい。理解しがたい障害だが、大人になっても発症するらしい。
発達障害の診察では、小中学校時代の通知表も大事な情報源/大人の発達障害 | 毎日が発見ネット

昔、NHKラジオで「コロの物語」というドラマがあった。俺の周囲ではテレビ放送が届かない頃だったので、子供の楽しみは専らラジオであった。少し年上世代(1954年)では「紅孔雀」「ヤン坊ニン坊トン坊」なんてのが有ったと聞くが、俺はウロ覚えである。(NHKラジオ第1番組一覧)
同時期に「にんじん」がラジオドラマで流されていた。(1972年のテレビドラマ化された『にんじんの詩』とは異なる) 
『にんじん』は1979年に大竹しのぶが主演で音楽劇化されているそうだ。

薄い理解の俺が考えるに、「にんじん」の主人公である「にんじん」こそが発達障害なのでは...
また、「赤毛のアン」の主人公である「アン・シャーリー」も....
日本の行政上の定義では、発達障害者支援法が定める「自閉症アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害学習障害注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」との事だが、テレビが報ずる発達障害者達はなかなか明るくて障碍があるとは見えない。

なんてことを思い探したら青空文庫岸田國士訳の「にんじん」を見つけた。
そう言えば、発達障害者は認知症になるのだろうか
安倍内閣の退陣を熱望

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