無無無庵

(むさんあん) - 思考が無く - 躰が無く - 心が無く
トキメキ団塊親父のセカンド・ステージ - 退職爺のボケ封じ

コラム

主食と副食の食べ方は

「美味い物」を食うと、それが和食であろうが洋食であろうが、「御飯が欲しい」と言う日本人が多い。
この場合「美味い物」とは副食惣菜、すなわち日本人風に言えば「おかず」である。
一般家庭での日本人の食事風景は、主食である御飯と何某かの「おかず」+汁物が並び、それを向後に口にするのであろう。町の食堂で定食を頼むと、お盆にどんぶりに盛った御飯と一汁三菜程度が並べて出されるが、あんな感じで主食とおかずを食する事が多いのであろう。最近の日本家庭ではテーブルやちゃぶ台で食事する家庭が多いだろうが、それ以前に(饍、ぜん)を用いていた頃の名残りなのだろうか...と考えても、会席料理でのコース料理では未だに膳を用いる景色が多い。

西洋人との付き合いは少なくテレビで見る程度の知識しかないが、色々な副食やスープを食べた後で主食を食べているようだ。パンが主食なのか(?)は知らない。
日本人の主食と副食を交互に食べる習慣があったからこそ、丼(どんぶり)に何でも盛り上げて掻っ込むという食い方をすると見るべきか、丼は御茶漬けの派生と見るべきかは悩ましいテーマである。
肉を主食とする西洋文化圏を元に考えれば、刺身という物は位置付けとしては主食の座に着けると思うが、日本人にとってはあれも「おかず」であろう。何せ、ステーキを「おかず」にして御飯を食べるのだから。

我が家の場合を自己診断すると、俺の食べ方は日本人的な食べ方であると思っている。すなわち、テーブルに並んだ「料理」を品定めし、酒の「つまみ」にする物と飯の「おかず」にする物を決め、「つまみ」は「つまみ」として酒の充てにする。酒を飲みながら「おかず」に箸を出す事はしない。
女将の場合そんな区別はしない。極論すれば、酒の充てに料理(副菜)を全部食べてしまい、いざ主食を食べるとなれば御飯しか無いという場面もある。そんな場面になると結果的には、改めて「おかず」の何かを作るか、振り掛けの類で胡麻化して食べている。

何が主食か副食かわからないし、どのような順番で食べようとも勝手だろうと思うのだが、会席料理や西洋料理でのコース料理とは煩わしい。とは言うものの、西洋料理でもアラカルトという日本で言う一品料理があるから...古今東西、色々な食べ方が有るのかも知れないな~

日本では「バイキング」と呼ぶ食べ放題は、日本初の食べ放題レストランの店名が「バイキング」であったことに由来するとのことだ。日本の温泉ホテルで夕食や朝食を「バイキング方式」と称するが、むしろ「ライスターフェル」(オランダ式のご飯と何十種類のインドネシア料理のおかずを皿に盛ってテーブルに並べたもの)の方がイメージが合うのかもしれない。京都の「おばんざい」や、浅草の「おかず横丁」の景色が類似するかな。
1.すべての料理を各人用の皿を用意して、一人用として盛り付けて並べる家庭
2.すべての料理を料理別の大皿に全家族分を盛り付けて、各人が大皿から御好みの量を取る家庭
3.前(1)and(2)の合わせ技

仏頂面を反省

神様と仏様どっちが好きですか? | 何も無い 福井県のブログ 」を拝読し、グチャグチャと解ったような事をコメントしたら、『生きている間は「仏頂面」に成らないでほしい』と返コメを頂戴した。
「仏頂面」とは...と思うところもある。俺の知識の中では「ふて腐れた表情」という認識である。
テーマに関する俺風の解釈論をコメントしただけであり、ふて腐れたつもりはサラサラ無かった。

「仏頂面(ブッチョウヅラ)」という言葉の意味として地域性があるのかもしれないと思い調べてみた。
語源由来辞典コトバンクを見ても『不機嫌にふくれた顔つき。不平らしい顔つき』的な意味である。
概ねにおいて俺の理解と大差が無いようだ。すなわち、『子供っぽい文句・理屈』とでも言うところだ。
仏頂尊(お釈迦様の頭上(仏頂)に宿る広大無辺の功徳から生まれた仏)の面相が、無愛想で不機嫌に見えることから「仏頂」と言うとの語源もあるが、そんな見方で「仏頂面」と言われるハズも無い。
「不承面 (ふしょうづら) 」、「不貞面 (ふていづら) 」とも書くとの事だが、意味は同様らしい。
義務教育の子供の頃に親父に言われたような記憶があるが、なんとなく懐かしく思い出す。
管理人の「デコちゃん」は一回りほど先輩であり、俺が横浜に住んでいる15年程前頃にHP作りを通じて知り合ったように記憶する。俺の知識としては北陸新幹線なんて物には無関心だった当時に、福井駅周辺の駅舎工事絡みの写真を扱ったサイトを開設していた。彼は金沢市にも勤めていた経験があるとの事で、俺が当地野々市市に転居した後にも観光案内を申し出てくださるほどの精力家である。青春18切符を使って甲子園に高校野球の応援に出かけるとか、ウォーキング大会に出場するとか、スキーをするとかの何でも来いの体育系と見ている。そんな先達の教えには従わなければなるまい。
なるほど...とガテンしながら、これまでの俺のブログ記事やコメントを思い浮かべると正しく「仏頂面」である...と思い当たった。これが、ブロ友のできない原因であろう。
俺用の忘備録として書いているブログだから弁チャラを書く必要は無い..のだが、仏頂面する事は無い。
とは言うものの、「日本人は、自分は、正しい」的な話を聞くと、「色々な考えがある」って言いたいね。
「仏頂面」よりも、「ニヒル(虚無主義)」と言って欲しかった。

MHK「チコちゃんに叱られる!」の決めセリフになってしまった『ボーっと生きてんじゃねーよ!』だが、最近では使い過ぎの為に飽きてしまった感がある。あれも仏頂面だな。



改めて本記事の元となった「神様と仏様どっちが好きですか? | 何も無い 福井県のブログ 」を考える。
八百万の神を奉る古来日本には神教があったが、仏教の伝来とともに神仏習合へと変化し、キリスト教等を含め、国家としての宗教は無い。一方、各個人においては「死んだら仏教」的な感覚が多いと見ている。
廃仏毀釈(神仏習合を廃して神仏分離を押し進める、明治維新後に発生した一連の動き)を経た現代の日本人は「」と「仏」は別の存在として考える人が多いようだ。それとも、仏=仏陀を指しているのだろうか。
俺的には、『神は神』であり、『人間が行き着く仏』と理解している。更には『仏の中には悟りを開く者』もいるのだろう。また、キリスト教やイスラム教では『死後の世界観や生き方』が教義だが、仏教は『宇宙、物理的な事』を教える学問と考える。何にしても「神」と「仏」を対比して論ずる事ではあるまい。
いずれにしても、預言者は神ではない。しかし、人間の未来は皆、仏(死)である。日本的には神武天皇のように「仏が神と呼ばれる」ケースが多い。ということで、神様と仏様を比較する事は愚問である。

運転免許を返納しよう

八十〇歳とかの女性が自動車運転免許証を自主返納したとの記事を読んだ。
自主返納に際し周囲から「まだ頭脳明晰だから返納しなくとも」と言われた女性は、「今は頭脳明晰だから、明晰の内に返納するのだ」と応えたとのことだ。大いにガテンする。

一時は煙が薄くなっていた「高齢者の運転で事故」が、また多発しているようだ。
伴って「なぜ75歳」の声も聞こえている。75歳は、知恵の無い政府の木っ端役人が「後期高齢者」の年齢と合せて掛け声しているのであろう。75歳は、一昔前であればいつ迎えがあっても不思議ではないし、最近であれば平均寿命にも達していないという半端な歳である。安倍草履も年金支払い年齢を引き上げるとか、もっと働けとか言うのだから、後期高齢者の呼び方を工夫する時期かもしれない。

何歳で免許の自主返納をするべきかは人それぞれだろうし、環境によっても差異が出ることは推測できる。
しかし、事故を起こせば過失運転致死傷罪(危険運転致死傷罪)or殺人罪である。前述の女性ではないが、ボケる前に自分で決めるべきだ。(※自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律)
自家用車を自分で運転しなければならない場所に住んだのは、自分が選んで決めた人生なのだから、年寄りになって不自由だからと文句を言っても致し方ない。1日掛ければ病院でも買い物でも、何とかなると諦めるしかない。後は、社会が悪いと文句を言い続ければ、次世代には変わるかもしれない。
道路交通法により、初心運転者標識(若葉マーク)は免許取得後1年間は掲示する義務があるが、高齢運転者標識(もみじマーク・シルバーマーク・高齢者マーク)は「標識をつけて運転するように努めなければならない」である。『周囲の運転者はこの標識を掲示した車両を保護する義務を有し、幅寄せ・割り込みなどの行為を行ってはならない』と定めているが、掲示を義務化するよう法改正したほうが良い。もみじマークは道路交通法では70歳からだから、75歳の自主返納お奨め年齢と開差がある。
それにしても、池袋の事故に見られるように、事故を起こした高齢者は「元・院長〇〇」とか「〇〇さん」という呼び名で報道されるのは如何なものだろう。人をひき殺した彼は「殺人の容疑者」かも知れない。
第3節 安全運転の確保|平成28年交通安全白書(全文) - 内閣府
運転免許の取得可能な16歳以上の人口に占める運転免許保有者数の割合は,74.8%(男性85.6%,女性64.8%)となり,年齢層別では,40~44歳の年齢層が94.6%(男性97.2%,女性91.9%)で最も多く,次いで35~39歳の年齢層となった
団塊世代は自家用車を持つことがステータスのように思いながらも、経済面などで所有できなかった人もいたのだろうか。団塊世代を親にした40代は免許保有率が高い。しかし、その子供は自動車離れしているそうだ。自家用車が無くとも暮らしていけるという事だろう。公共交通機関の発達を祈るが、自家用車導入作戦を止めるとトヨタと高速道路がつぶれるから、政権としてはできない。また、オイルショックが来る。

関連過去記事:運転時認知障害チェック:学 / 認知症に「ヒトココ」 / 大年寄りと呼ばないで / 自家用車の必要性:考 / 認知症と自動車運転 / 認知症の検査方法に疑問 / 貧乏人の自家用車 / 免許証の自主返納 / 自家用車はいらない / 運転経歴証明を受領 / 運転免許の自主返納完了 / 東京都シルバーパス:考

感動サプライズに涙。父と母の卒業旅行 ~The Last Long Drive~

E-NEXCO driveplaza YouTubeより

百歳まで生きる?!:考

世の中には「百歳まで生きる」と公言する年寄りが多い。
言うまでも無いことだが、現在80歳の者ならば後20年も生きる計算だ。20年と軽く言うが、オギャーと生まれた赤子が成人する年数である。赤子は兎も角としても、成人した社会人が40歳になる年月だ。
国民年金で悠々自適とやらの老後を送るには永過ぎる年数なのではないだろうか。

俺は長生きすることは希望していない。もちろん早死を望むわけでは無いが、少なくとも百歳まで生きたいとは思わない。人生を半世紀も生きてくると、十分に生きてきたと思っている。
絵本の主人公である「100万回生きたねこ」ではないが、色々な人生を変えながら生きてみたいとは思わない。
ましてや、「1回しか生きられない爺」としては、これまでの人生だけで充分である。世界中を旅しようが、未知の美味い物を味わおうが、たかが知れている。百歳まで生きて新しい何かを経験したところでいずれは死ぬ身である。秦の始皇帝は長寿の薬を求めたというが、長生きして何をしたかったのだろうか。死ぬのが怖かった為なら臆病者に過ぎない。

何かで見た・聞いた、年寄りの言葉「いつ死んでもいい。でも明日じゃなくてもいい」。奇妙に納得する。
過去記事:生への執着心は

花の命は、短くとも

最近は麻薬をやったとかで、暇な瓦版屋に追いかけまわされている芸能人がいる。死んだとか、不倫だとかの話題ででも、天下のマスコミ様に付きまとわれるようでなければ一流ではないようだ。
歌舞伎役者のように世襲制度で自分の道が定まっている者とは違い、役者や芸人・歌い手などは自分の好みで邪道の人生を選んだと見ていたが、好き放題に生きるのもできなくなっているということだろうか。
好きに生きる道を選んだのだから、人の道と呼ばれる事とは違う事をしたからと言って騒がれる事は無い。

とは言うものの、好き放題に生きる道を選べず、真っ当な道と呼ばれる事しかできなかった俺は、健康に気遣いながら目的も無く生きているだけだろう。今風に言えば「ボーと生きている」だけだ。
若い頃から社会の仕組みや人間の体や健康なんた事を今程度に知っていたならば、こんなボロイ身体にならなかったものをとも思うが、そんなに気遣って長生きしたからと言って何かに役立てる事は無い。

半世紀ほど前には「人生60年」で、ボケる迄生きる事も無く、大きな病気になる以前には社会の為に仕事をし終え、家族に看取られながら惜しまれてあの世とやらに旅立てた。
今では、位牌にするのもみっともないほどに生き恥をさらした顔をマイナンバーカードに飾っている。

美空ひばり氏は1989年(H01)52歳で旅立った。当時は先輩に見えたあの顔・姿だが、今は小娘に見える。
惜しまれるうちに美しく死ねた人を羨ましく思う事は、いけない事だろうか。
美空ひばり 悲しい酒

知らない人と暮らす事

昨年の事だったと記憶するが「同居していた人(たぶん女性)が死んだが、相方の人(たぶん男性)は同居人の本名などの素性を知らなかった」というニュースを斜め読みした。記事では、素性も知らないで暮らしていた男女関係を不思議として捉えていたようだ。 そんな関係は不思議なのだろうか。

男女関係に限らず、村組織などの限定された社会では、家族以外の関係者でも他人の事を知っているし、知りたがる。これは、地方の村組織に限らず、大都会の浅草などの町内会でも同様であろう。良く言えば「人情」ということだ。

この人情というものが、ありがたく嬉しいと思う人がいる一方、鬱陶しいと思う人もいる。
何れかの考えを持っている人達のコロニーはそれはそれで上手く機能しているのであろう。しかし。そのコロニーに別の考えを持つ人が紛れ込むと騒動の元になるのだろう。
孤独死や独居といった事が大声で語られる現代においては、人情を好む性格とそうではない性格では死に方に差異がでる。世の中的には「気の毒」と言われようが、孤独を好む者としては独りで死ぬ事に不満は無いのではないだろうか。現代では法律によって埋葬方法が細かく定めらているから従わざるを得ない。その結果、「同居していた女性が死んだ事を警察に届ける」という出来事が必要になるのかもしれない。

素性を知っていようが知らなかろうが、同居する事を楽しめる関係だったのではないだろうか。
世の中には、素性だけは知っていても、同居する事が不自然な人間関係の者達が多い。法律的には夫婦関係であり、社会的にも夫婦として認知され子供を設けたような男女であっても、同居する事を楽しめる関係であるとは限るまい。「瘋癲の虎さん」じゃ~ないが、恋愛感情を保ち続けるには明日にも別れるかもしれない危うい関係のほうが良いのではないだろうか。

「同居しているにも関わらず本名を知らない」事をマスコミは責めるが、本名を知らずとも愛称で話は通じる。若かりし頃、「恋愛」と呼ぶが「恋」と「愛」は違うんだ...なんて議論したことを思い出す。


最近は、熟年離婚とか死後離婚とかが多いそうだ。
素性なんて~事に固執した時代は家制度が法律に書かれていた時代の延長線上である。LGBTが認められ夫婦と同様の法的な扱いがされる現代では無意味と言うべきだろう。
200年後の未来社会は、父親の名を知らない母親から生まれた子供や、AI が動かすロボットによって人工培養された子供だらけになるのだろうか...世界が存在したら、日本が有ったらの事だが....

カメラの断捨離

先日は今季一番と思えるような降雪があった。一日中降り続きそうな雪を窓越しに眺めていたら、記念に写真でもと思いついた。しかし、普段はガラケー付録のカメラばかり使っているので、思いついたからといって、カメラは放電されていて使えない。引き出しのあちこちを占領しているカメラ達だが、最近使った事が無い。
これでも若い頃はカメラ小僧だったのだが、視力低下など等の理由から、普通のカメラを用いる事は激減である。
せいぜい、偶の旅行に持参するのが関の山で、殆どは常日頃身近にあるガラケー付録のカメラばかり使っている。
「iモードのe-mailは使用料金がタダ」なので、ガラケー付録のカメラで撮った写真は収録する手間が無い。写真倉庫にメール送信すればオシマイである。そのため、若い頃であればシャッターを切らなかったようなクズ写真で倉庫は満タン状態だ。いずれは、クズ倉庫の整理をしなければなるまい。

それよりも整理しなければならないのは、昔のカメラ達である。
高校時代から始まったカメラ道楽は、ひどい時には年間数台を買っていた。買ったからと言って腕前が上がるはずがないと承知しながらも、新製品が出ると何故か欲しくなり買ってしまっていた。当時のカメラを処分していなかったら、今頃は蔵が必要であった。しかし、新品を買う代わりに古いのは売っていたので蔵を建てることはなかった。

それでも、退職が近づいた頃に買ったカメラが引き出しに寝ている。極めて場所取りである。
他人の事には「無駄な物」なんて余計な世話焼きを考えるのだが、イザ自分の、それも大好きな事については断捨離する事など思いも及んでいない事に気が付いた。
改めて考えれば、使っていない物であれば断捨離の候補とするべきである。あんな物は墓に入るまい。
メルカリなる質屋まがいが便利らしい。色々と断捨離したい物はあるのだが、どうすれば良いかが思いつかない。
メルカリ利用の練習として、カメラの処分でもしてみようか...等と考えていたら、降雪は昨日でみな溶けちまった。

同期生はどうしてる

以前であれば昨日は小正月であり、かつて元服の儀が小正月に行われていたので成人式との事也。
正月と言えば暦の上では既に春。 直に梅が咲き、学び舎を立ち、友との別れがある。
過去記事:混雑する2022成人式
徘徊先のブログを拝読すると、退職し還暦を過ぎた年齢になっても同級会とか同期会と称するイベントが行われ、参加している人が多いようだ。
高等学校が最終学歴の俺は、卒業式の日に教師を交えて仲間ともども居酒屋でドンチャン騒ぎをしている最中を警察に踏み込まれたが方法の体で脱出し、深夜列車に飛び乗って上京して以来は高校の同級生には逢った事が無い。中学や小学校時代の人達で同級会が行われているのかは知らないし、行われていても行かないだろう。

小学校時代の卒業アルバムは有るようだが、どれが誰なのかは知らない。自分がどれなのかも知らないだろう。そもそも、小学校の卒業アルバムを仕舞っているのか否かすら覚えていない。
中学校の卒業アルバムの在り場所は見当がつくが、小学校アルバムと同様に、就職して以来見た記憶は無い。
しかし、童貞物語の英語教師と数人の女子生徒だけは薄っすらと思い出せるような気がする。

そんな程度の記憶力の俺だが、同期入社した奴らは覚えている。昭和43年は東京オリンピック景気が過ぎた後だったため、同期入社した人数はそれまでの採用人数に比べれば1~2桁少なかった。少ない人数だからと言って団結力が強かったのか弱かったのかは知らないが、良く集合しては飲んだものだ。
東京採用されたとは言え、任地は東京の各支店に分散されて配属される。そんなバラバラの任地から三々五々集まっては酒を飲んでいた。冠婚葬祭があると、同期生の産地にまで出かけては取り仕切るほどの付き合いをしていた。しかし、25歳ころからであろうか、皆が伴侶を持ちそれぞれの一生が見渡せるようになってからは、理由も無く集っては酒を飲む回数が減った。いや、飲み会は夫婦同伴で行うようになり、忘年会と暑気払い、それと何かがあった際という具合に整理されたのだが、やはり子供を放置して飲み会に参加するわけにもいかなくなってきたのだろうか。いずれにしても、飲み会の回数は激減した。40歳ころには、交通事故で死ぬ者や退職する者が現れ、9名であった同期入社は6名になってしまった。

同期に入社した者でも退職した時期はバラバラであった。40歳で退職した者は「帰郷して林檎農家」を始めるとのことで盛大にお別れパーティを行った。50歳を過ぎてから奥方死別した者が再婚するにあたり退職するとか、60歳近くなって再々婚するとか、飲み会の理由は多かったがその時に会うだけで若い頃のように暇を見つけては逢うことは無くなった。そんなこんなでも、半数程度は定年退職まで残っていたが、定年退職の際に集って同期会を飲もうという事は無かったようだが....俺は定年を待たずに退職したので細かな事情は知っていない。

俺の退職は、Jターンする為に忙しいという名目で、会社関係・友人関係など等の慰労会への誘いを全て断った。当然ながら同期の飲み会に参加するハズも無い。「立つ鳥、後を濁さず」的な事を考え、当時は美しい行いと考えたが、最近になって正直なところは後悔している。
立つ鳥の立場としては、退職の挨拶状も出さず、結果として新居の住所や連絡先は知らせなかった。一方、会社の定めとして「退職者は、個人の連絡先等も含めて会社関係資料の一切を持ち出し禁止」であった。結果的に、互いに行き方知れずになってしまったのである。

最近になって伝手を頼っては昔の仲間との年賀状を再開した。年賀状よりはe-mailやSNSを利用したコンタクトを行いたいのだが、意外な事に自宅でパソコンを使っているという同期や仲間が極めて少ない。増しや、ネットをしている者が少ない事に驚いている。しかし、パソコンでネットをしないだけで、スマホは所有しているようだ。

俺と同期入社した者達は、皆ライバル意識が強かったと思い出す。今になって交す年賀状もその意識が見え隠れするように読める。年賀状ですらライバル意識が見えるのだから、e-mailやSNSでは喧嘩になるかな...
と思いながらも、未だに同期会をしているという人達がまぶしく思いはじめた2019年の春である。
春よ、来い - 松任谷由実

美しい「死」とは

信仰心も無く無宗教の一般的な日本人は、何故か「」という事に触れたがらないようだ。
特に未成年の目に触れるような、伝説や童話の世界では「死」を連想する記述はカットされる場面が多い。
家族の間でも「死に備えた話は避けたがる」傾向があるようで、政府からは「正月などに家族が集ったら相続と葬儀の話題」をするように勧められている。しかし、面と向かって「死」の話題をも出す者は少ないだろう。

「死」とは恐怖の大魔王なのだろうか、それとも穢れている事なのだろうか。いずれにしても日本人にはタブーらしい。古事記などに書かれている黄泉の国は死を連想させるのだろうか。神道では「死」を穢れとするらしい。
親が死んだ場合でも「死は穢れ」として捉える人が多いようだが、一般的な宗教では「死は次の次元への移行」であると教えられていると思うのだが....

そのように恐ろしい「死」であるにも関わらず、生きている事から逃れようとする者は「自死」を選ぶようだ。
死んだからといって、解決できなかった事が解決できるとは限らない。死んだからといって、自分の存在が失せてしまう保証は無い。要するに、死んだところで何も変わらないかも知れないのに、ただ死に急ぐだけだ。
水洗トイレに慣れ、ゲームの世界に慣れた者は、ボタンを押す事で見の前から邪魔物が消える事を知っている。同じように、死ねば存在が消滅するとでも考えているのだろう。死んだとて、以前同様に苦しむ自分がどこかで生きているのかも知れない。それでも自死を望む者を止めだてする気は無いが、痛そうだぜ。

クレオパトラは苦しまずに死ぬ方法として毒蛇に噛まれることにしたと聞く。毒蛇が痛くないかは知らないが、平均寿命が伸びた現代では死亡原因には事欠かない。世に知れた死亡原因の殆どは痛いらしく、爺婆から聞かされた「眠るような死」という死に方はなかなか無いようだ。
苦しい最期を迎えると言われるのが「肺炎」であり、心不全も痛い病気で、急性心筋梗塞は「バットで強打されたような痛み」との事だ。半面「がんで死ぬのは怖くない」という医療関係者は多く、その理由のひとつは患者が想像しているほど「痛い病気ではない」と『痛くない死に方』などの著書である長尾クリニック院長長尾和宏医師は語る。

「死」が痛いのかどうかはいずれ体験することだが、一生に一度だけの経験とは言うものの楽しみたくはない。
死んだ後の事は、後始末をする人が困らないように悩まないように、できる事は先決しておきたい。
そして何よりも「死に急ぐ」ことだけはしないように心掛けたい。
若者よ、「死」は穢れではない。しかし、美しい事では無い。ボタンを押せば目前からは失せても、無様に有る也。
ベストセラー米教授が問う 「死とは何か? 悪いことか?」│NEWSポストセブン

過去記事:週刊誌に読む死に方Ⅱ / 週刊誌に読む死に方 / 死に方いろいろ / 年寄り向けテレビ番組 / “最期の瞬間”の迎え方?

2019年の口開け

2019年が明け、今日からは俺も日常に戻った。(旧暦では2018年11月29日、新暦の2月5日が元日也)
世の中的にも仕事始めということで、現役仕事人達は久しぶりぶりの出社をしているのだろうか。
尤も、今日01/04は金曜日である。仕事始めに出社して大勢で新年挨拶を一声で済ませてしまうのは極めて楽な方法である。しかし、今日をのんびりと連休したばかりに、後日の連休明けになって一人で個別に挨拶回りをするのは時間のロス以外の何でも無い。それでも自分から挨拶しに行くのは仕方なしとしても、挨拶しに来る相手がいるのは極めて五月蠅い状態になる。相手にしても、面倒ながら来るのだろう。

割り切って考えれば、新年の挨拶をしなければならない相手とは年賀状の交換をしているのだから、顔を合わせてまで「今年もよろしく」等とオタメゴカシの挨拶をする必要は無い。逆手に考えれば「年賀状を交換しない相手と年賀の言葉を交わす必要は無い」ということだ。少なくとも俺の場合、賀詞を交す必要のある相手には年賀状を送っていた。年賀状をよこさない者に限って初出社してから年始の挨拶に来る景色は面白い。
尤も「チコちゃんに叱られる」によれば、『本来は、出向いて行き顔を合わせて年賀の挨拶をするべきところを手抜きしたのが年賀状』ということだ。それに寄らずとも、古くの年賀挨拶は『相手と会った記憶』である。
それでも、松の内(伝統的には元日から1月15日まで)の01/07迄であれば新年の挨拶として承るが、1月も中旬になってから間の抜けた対手が「今年もよろしく」などとホザクと、出社に及ばずと言う心の声を抑えるのが大変だ。

2018年の仕事納め以来、年末は寒波襲来との天気予報が当たり寒い日が続いたようだが、今日は幾分温かい。
20190104

日本の証券取引所では大発会が行われ、安倍政権は何故か知らないがキャッシュレスに御執心である。
俺が仕事人時代であれば、10時頃に出社し仕事始めの挨拶が済んだかと思えば早々に初詣と称して会社はドロンしていた。昭和時代であれば即座に居酒屋直行していたが、平成になってからは少しは遠慮して午前中は秋葉原詣ででパソコンを眺めて、午後から居酒屋に繰り出していた。

過去記事:2015正常運転開始
安倍内閣の退陣を熱望

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