無無無庵

(むさんあん) - 思考が無く - 躰が無く - 心が無く
団塊世代のセカンド・ステージ - 退職親父のボケ封じ

腰痛

救急車利用を思案する

過日感じた左肩と左脇腹から背中への痛みは直ったようだ。
最近の健康ブーム解説テレビから思うには、あの痛みは心臓からくるものだろう。カテーテルでの検査を奨められサボっている身としては何となく色々思うものはある。しかし、左肩側を骨折していることからくる筋肉痛的なことなのかもしれない。 いずれにしても、痛みを感じた部位からして、可能ならば医師の診察を受けたいものだ。

と思っても、体調が不具合になった時間帯によっては右から左には診察を受けることができない。地方都市の場合、心臓や脳といった部位を緊急的に診察できるのは大病院しか無い。そのような大病院での診療受付は平日の午前中限定である。また、紹介状が必要などで、生きるか死ぬかという状態でも診察してもらえるのは難しいようだ。
単純に言えば、平日の午前中にタクシーで出かけていたのでは診察してもらえる保証は薄いということた。
その点、大病院よりも進んだ専門病院が在る東京圏等の大都市は、生き延びる確率が高いのだろう。
やはり緊急的な場合は救急車の御世話になれば、設備の整った大病院で受診できる確率が高まるということだ。
しかし、そう考えるものの、いざとなると、救急車を呼ぶという行為自体を躊躇してしまう。
「痛みにのたうち回っている」とか「失神状態」とかであれば、周囲や家族も迷うこと無く救急車を呼ぶだろう。
しかし、心臓病や脳卒中の前触れかもしれないという事で診察を受けたい場合に、どのようにして病院に行くかということは迷う出来事である。体の異状に気がついた本人にしてみれば、とにかく大急ぎで病院に行きたいであろうが、救急車を呼ぶべきか、通常の方法で病院を受診するべきかは、大いに迷うことである事を知った。
しかし、痛みが去ってしまえば、怖さ半分も手伝って細かな診察を受ける気持ちが大幅に薄れてしまう。
世の中的には救急車を呼ぶことを厭わない人達も多いとも聞く。救急車をタクシー代わりに利用する事はとんでもないと思う。とはいうものの、病院が休診の日に受診しようとした場合は救急車のお世話になるしかないのだろうか。
タクシーで向かったところで緊急診察をしてくれるとは思えない。かかりつけ医を受診している時間が勿体無い場面も多いだろう。また切羽詰まった場面で、どの程度で救急手配するかの心構えを決める家族会議も必要だろう。
独り身は殊更に緊急事態への対応が不如意である。日常から手はずしておかなければなるまい。
仕事人時代に、腰痛がひどくて救急車を呼んだという者がいた。この考えが羨ましいと言うべきか
聞けば、55歳で腰痛は初体験だったとのこと。エスカレーターの無い団地住まいで、階段を降りることができなかったので救急車を呼ぶ以外に思いつかなかったので、自分で電話したと言う。たかが腰痛、されど腰痛。初体験であった彼にとっては大病だったということだ。救援要請に応じて貰えたから事無きを得たということだが、腰痛患者に救急車を手配したことで助からなかった命があったのかも知れない。この世は“塞翁が馬”也。
なによりも、当人として「どの程度になったら救急車の御世話になる」ということを決意しておくことが必要と思う。
関連過去記事:医療行為はワトソンで / 病気の履歴書が必要
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最近は、どんな症状でも病気となり、病名を付けられてしまうようだ。
十人十色とも言い、人それぞれに不具合はあるだろうが、それに病名を付けまくったところで致し方あるまい。
「早期発見すれば直るから、健康診断を受けろ」と言い、そういう人もいるのかもしれないが、逆に医者に弄ばれなければもっと長生きしたのでは...という人も多いのではないだろうか。

緊急搬送の是非は悩ましい。 搬送された病院で人工呼吸器を外される場面もあるらしい...悪くはあるまい。
人工呼吸器を外すとき ~医療現場 新たな選択~ - NHK クローズアップ現代+
昨夜のNHK「総合診療医ドクターG」では再び“身体表現性障害”が取り上げられていた。詐病と言い、辛いのは当人なのだが、病名すら決められず、病名が定まらないと治療出来ないという医者の知識・技術をどう見ればよいのか

“ドクターG”テーマは「背中が痛む」であった。番組としての結論は「毛細血管が原因の心臓発作」的なことだったが、その結論を導き出せる医師がどこにいるのだろうか (番組講師は岡山大学病院…片岡仁美 医師)
関連過去記事:病気は嫌だが振り向いて
NHK健康ホームページ
北國新聞 健康・医療情報サイト 丈夫がいいねっと続きを読む

女将の庭仕事

春になり、毎年恒例ではあるが女将の庭いじりが始まっている。
いつもの事とは思うものの、よくも飽きずに毎年のように続くものだと感心する。

俺は草花を眺めて愛でることは嫌いではないが、育成しようという気にはなれないでいる。
畑仕事も同様で、育った物を食べることは大好きだが、自分で育てることはしない。 要するに無精者なのだ。

その点で女将はマメなものである。
決まった時期になれば決まったように、種を撒き、苗を植える。
雨が少ないと言っては、水を上げるのに悲鳴をあげている。
腰部脊柱管狭窄症ではないか(?) と疑っている太腿のしびれに悩みながらも、「動けない草花が可哀想」 と言って水やりをする。 俺が代りに..と申し出ても、俺のやり方では粗雑なので草花が可哀想と却下される。

女将は小さな草花を好み、眼の悪い俺では踏んづけてしまうかもしれないので、春先の庭を歩かない方が無難かもしれない。 花が咲けば嫌でも目につくから、それまでは女将の仕事を遠くから眺めて冷やかすことにしている。


俺の親父も庭いじりが大好きであった。
どちらかと言えば、草花よりも木が好みであったらしく、池まで掘って鯉を飼い、周辺には松なぞを植えていた。
なにやらグチャグチャと植えられた木の根もとに草花を植えて、庭の体裁を整えていたつもりだったのだろう。
庭石を買ってきては、盆栽にまで手を出していたのだが、庭の隅には無農薬で畑やら蜜柑・キウイ迄植えるのだから、庭と呼ぶか畑と呼ぶかは定かな状態で無かった。

もともと草花を育てる事が好きだった女将は、そんな親父の手伝いを兼ねて庭仕事に参加し、親父が逝った後は柿や蜜柑等の選別のため木登りするような作業まで行っていた。
今の住まいを選ぶにあたっても、畑仕事までできるような田舎にするか、ある程度は便利な街にするか、を迷ったが折衷案のような当地となった。 しかし、畑仕事はせず、もっぱら庭いじりだ。


無精者の俺は、仕事人時代から周囲の人達から 庭いじりや畑仕事の楽しさを説かれるのだが、その気になれないで今に至ってしまった。 毎年の春頃は、何やら始めそうなことを口走るのだが、結局は何もせずにいる。
観察日記でも付けようかとも思うのだが、口だけの軟弱男はサッパリである。

こんな事を来春も思いながら過ごしているのだろうか。

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