この60数年間に、転居だけは随分と繰り返したものだ。

昭和50年代頃までは会社の誰かが引っ越しするといえば、仲間内で手伝うことが仕来りだった。
独身寮・アパート・社宅・自宅の別無く、仲間内での引っ越しを行っていた。
運送屋といっても日通(株) が有るだけで、引越代金も高額だった為、おいそれと頼むことができる程の収入は無かった時代だった。 また、引越を仲間で行う事で、奥方同士の顔合わせもでき、懇親の機会となったのだろう。

確かに仲間内で行う引越は安価だったのかも知れない。
しかし、引越主は運搬用車両のレンタル手配にはじまり、手伝いに来た連中の昼食や飲み物の心配、引越作業終了後の一席の準備やらで、まことに面倒だったと思う。 それ以外にも、事前に荷物を梱包せねばならない。
運搬作業と言えば素人が運ぶのだから、箪笥の角を柱にぶつけるなどは茶飯なことで、新婚荷物の冷蔵庫を階段から落とされたところで笑って堪えるしかないということだ。
旧居の柱の角が欠けることは我慢しても、新居でのことともなれば 奥方の笑顔もひきつってしまうというものだ。
おいらも随分と手伝いに行っては、車で連れて行かれた新居から帰る時に迷子になったものだ。

おいらの引っ越しは、若い頃に1度だけ、金が無いことも有り 手伝いを申し出てくれる者を無下に断ることもできず仲間に頼んで行った。 しかし、2度目からは 運送屋を頼んで引越することにした。
家具の損傷や御礼代金等を考えれば、保険が適用される運送屋の方が 作業も手早く安心して引越できる為だ。

「神奈川県鎌倉市⇒石川県野々市市」 には、日通(株) を利用して6トン車2台で運んだが、同時に契約した 「神奈川県鎌倉市⇒埼玉県大宮」 迄の4トン車1台を含めて三十数万円だったと記憶する。
ダンボール箱の提供や、不用品の処分、食器や衣類を梱包する手伝い人等を含めての価格である。
我々夫婦は口だけ出せば、すべての作業は運送屋側で行ってくれての価格としては極めて安いと思う。
不動産屋等から手伝いの申し出があったが、家具の損傷・紛失等の事故が発生した場合に、責任の所在が不明確になってしまうので すべて丁重にお断りした。

次回は、老人ホームへの引越ということになるのだろうが、これまた運送屋のお世話になるということだ。
いや待てよ。 救急車から葬儀車への直結も無い事では無いか

新築ラッシュの当地では、頻繁に引越がある。 
今日も、ハス向いの御宅が引越入居だ。 手伝いの仲間が多いようで、なかなかに賑やかだ。

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