1976年(昭和46年)7月30日、北海道・千歳空港から東京・羽田空港を目指していた全日空機が、航空自衛隊機に岩手県雫石町上空で追突した事件があったこと。
WikiPedia:全日空機雫石衝突事故より抜粋引用
岩手県岩手郡雫石町上空を飛行中の全日本空輸の旅客機と航空自衛隊の戦闘機が飛行中に接触し、双方とも墜落した。自衛隊機の乗員は脱出に成功したが、機体に損傷を受けた旅客機は空中分解し、乗客155名と乗員7名の計162名全員が犠牲となった。1985年8月12日に日本航空123便墜落事故 (乗員乗客524名のうち死亡者数は520名、生存者(負傷者)は4名) が発生するまで、日本国内の航空事故としては最大の犠牲者数を出した事故であった。