夏休み、真っ最中である。

今時、どこの観光地に行っても、どんな田舎道にでも、自動販売機が設置され、喉が渇けばジュースや御茶さらにはミネラルウォーターといった飲み物を入手することができる。

昭和30年頃の秋田では、自動販売機などというものは無かった。 観光地ですら、飲み物といえば御土産屋の店先にある「サイダー」や「ジュース」の類であった。

家から出かける場合には、出かける前にタップリと水を飲み、帰宅するまでは喉が渇いてもガマンするしかなかった。 それでも喉が渇いてしまった場合、道端の民家などに飛び込んで「水を飲ましてくださる」ようにお願いするしかなかった。

頼まれる御宅も、大概は快く応じてくださり、それが縁で交友関係ができたものである。

現代では、コインを投入すればどこでも喉の乾きを癒すことができる便利な世の中である。 自動販売機という無機質な物と接するだけで、自然の欲求が満たされるのである。

反面、知らない人と交友関係が発生する機会は皆無となってしまった。

知らない人は、危ない人であり、口をきいてはイケナイ存在になった。

今時、知らないお宅に飛び込んで「水を飲ませてください。」と頼んだら、どんな顔をされるのだろうか!?

そうは言いながら、「田舎に泊まろう」というTV企画に応じてくれる家庭が多いことも事実である。

まんざら、日本人も捨てたものでは無いということだろうか!?

<立ち小便は止そう>