平成の市町村合併により、新しい名称の街がドンドンとできた。
特に「ひらがな」の名前の街は、街の歴史を知りたい場合には追っかけるのが大変面倒になる。
日本の市町村の廃置分合とは、明治時代から始まったことのようだが、「市町村」という概念が固定化される以前の昔から行われてきたそうだ。
江戸時代には「藩」であった呼び名が「県」に改められ、その「県」が改名や地理的な区分変更を繰り返してきたということに驚く。

「藩」制度の時代でも令制国制度時代の呼び名は連綿と続き、令制国名を聞くことで地域の歴史が知れた。

道州制が導入されたとしても、一度変更された地名は変わらないだろう。

市町村の合併以前の地名は、地名(漢字)を見るだけで地域の歴史を伺い知ることができた。
それができないようにすることも、市町村合併の狙いの一つなのかも知れない。

「~ねぇ」という花魁言葉を話せば標準語のように誤解している人達の増加により、方言も滅びつつある。
方言を聞いて御郷を知ることが難しくなってきた。

限界集落であっても市町村合併に組み込まれれば、立派な「市」内の中の街となる。

悪いこともあるのだろう。
良いこともあるのだろう。