温泉旅行が流行っている。
それでも最近では、混浴と聞けばおじけずく人が多いらしい。
女性ならイザ知らず、男性にも増えてきたのだそうだ。

混浴 否、入浴と言えば全裸(スッポンポン)になることを想像するのだが、WikiPediaによれば、古くは下帯(褌)や腰巻を着用する習慣だったようだ。
もっとも、大きな湯船の共同浴場なぞが有るはずもなく、天然の温泉に屋外入浴していたのだから、そんなものだろう。
平安時代頃の高貴な人達ですら、現在の浴衣の原型である湯帷子(ゆかたびら)を着用して入浴していた。
江戸時代になり大都市で銭湯が大衆化した頃でも、混浴だった。
明治末期には混浴が無くなったが、地方の温泉地などの多くでは混浴が当たり前という時代が昭和30年代まで続いたのだそうだ。
現在では、地方自治体の制定する公衆浴場条例により、原則的に男女の浴室・脱衣室を区分することとされている。 (公衆浴場法)
混浴の共同浴場に入って育ってきた東北の地方出身の爺としては、混浴禁止は なんとも もったいない

【新品】【本】【2500円以上購入で送料無料】混浴と日本史 下川耿史/著
【新品】【本】【2500円以上購入で送料無料】混浴と日本史 下川耿史/著
混浴は さて置いて、最近は銭湯が少なくなった。

我輩が所帯をもった時代には、まだまだ銭湯が真っ盛りである。
神田川なんてフォークソングが流行った頃だ。新婚の女房とふたりで
♪二人で行った 横丁の風呂屋
なんて歌いながら銭湯に行ったものだ。

異性の前で全裸(スッポンポン)になることに対する抵抗感はそれなりに判らなくも無いが、同性の前でも裸になることは嫌な時代になったということか...

町内に1軒は銭湯が有り、世話好き(おせっかい)の小母さんが、小娘の裸を眺めて健康と子宝を保証し、裸の会話から 「良い子だよ~」 と言っては見合い話を奨めた時代。

嫁入り先は町内で、親子ともに顔見知りで....etc.
夫婦喧嘩しても町内がこぞって仲裁してくれて、皆で助け合って生きることができた。
あんな時代の根底は、銭湯での裸の触れ合いにあったのではないだろうか。

公衆浴場とは