間借りを含めて 昔の小さなお家で暮らす者の食事は、六畳間程度の狭い部屋に ちゃぶ台 を広げて..というスタイルが多かったのではないだろうか。
ちゃぶ台(茶袱台)と呼ぶ円形に四本脚・折り畳みできる食事用座卓は、家庭での家族の集い場だった。

昭和50年頃のテレビドラマに「寺内貫太郎一家」というのがあった。
東京の下町で石屋を営む一家を取り上げたホームドラマである。
家族に手をあげ、何か気に入らないことがあると すぐ ちゃぶ台を引っ繰り返す ような、頑固で短気で喧嘩っぱやいが、どことなく憎めずむしろ共感してしまう 昔ながらの下町の親父を小林亜星が演じていた。

最近ならば、さしずめ家庭内暴力として取り上げられるような ちゃぶ台返し である。
口で説得することができないために実力行使により 言いたいことを表したとも取れなくもない行為だ。
せっかく作った食事を並べた ちゃぶ台を、口下手で怒りっぽい親父にひっくり返されるのでは奥方は怒り心頭だ。

ちゃぶ台返し とは、短慮の結果に行う行為なのかもしれない。
だが、「便所で水を流せば消える」 ような、「ゲームで嫌なやつは消す」 ような、自己中心的な行為とはチョト違う。


同じ時代のテレビドラマには「時間ですよ」というものもあった。
やはり、東京下町の銭湯を舞台にしたホームドラマである。
森光子氏が主演ししていた。 天地真理氏、浅田美代子氏らは、あのドラマで著名になったのだろう。

最近のテレビドラマは、何かといえば殺人になるストーリーばかりだ。
ホームドラマの、あんなバカバカしさで笑えるストーリーが受けた時代は平和だったのだろうか。
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先日のテレビで映画 「幸福の黄色いハンカチ」 を見た。
高倉健氏が主演ということで、映画の公開当時や、氏の逝去を知らせる報道で この映画が取り上げられていた。
氏については、東映時代の侠客もの映画のイメージが強い。

あの侠客もの映画についても、「悪に虐げられて我慢を重ねた主人公が、我慢を爆発させる」 という視点では、 ちゃぶ台返し に共通するのだろうか。 映画を見ることで主人公側に付く観客は、主人公を応援するが、客観的な第三者の視点で見れば必ずしも主人公が正義では無い。にも関わらず、ちゃぶ台返し するのが日本男子なのか。

「幸福の黄色いハンカチ」 でも、「思うことを、上手く口にできない」 という男を演じていたと見る。
氏の口癖と報じられる 「不器用ですから..」 を地で演じたということなのだろうか。
不器用な事が日本男子なのかも知れない。 ちゃぶ台返し も悪いことでは無いのかも知れない。
名も無き日本男子の憧れは、侠客映画の主人公である高倉健なのだろうか。
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でも、思うことは口に出して言いたいものだ。
安倍総理は口数は多いが、肝心の内容は話さないようだ。

この衆議院選挙では、我慢を重ねてきた国民の ちゃぶ台返し を行いたいものだ。