NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」なる物を視聴中。
この手のドラマを見て、いつも思う。

どうして 織田信長は名古屋弁を話さないのだろう

織田信長にしろ豊臣秀吉しろ、出生は尾張(名古屋弁)だそうだ。 徳川家康は三河(三河弁)だそうだ。
現在テレビドラマ等で武家言葉 (武士言葉) として語られる言葉は、いずれの地域の方言でも無い。
そもそも武家言葉とは、現在テレビドラマ等で語られるようなものであったのだろうか??
天下の覇者たる者が用いた言葉 (方言) に近いものが標準的に使われたのでは...と思うのだが。

武家なる者は、平安時代より始まるらしい。
当時であれば公家言葉 (京言葉) が標準語とのことだ。
WikiPedia引用
京都は1000年以上にわたって日本の都があった地域であり、江戸時代中期まで京言葉は日本の中央語(事実上の標準語)とされ、現代共通語の母体である東京方言を含め、日本各地の方言に強い影響を与えた。明治から昭和中期までの標準語普及政策の影響も少ない。
京都は伝統を重んじる保守的な街とされるが、古くからの大都市で京言葉は変化し続けており、平安時代以来の古語はあまり保存されていない。
京言葉は、大きく分けて御所で話された公家言葉(御所言葉)と、街中で話される町ことばに分類される。前者の公家言葉は、宮中や宮家、公家のあいだで室町時代初期から女官によって話されたもので、現在では一部の社寺に残されている。後者は、話者の職業や地域によって更に細かく分類することが出来る。
公家に仕える身分であった武家は、当然 公家言葉を使わなければ意志疎通ができなかったであろう。
時代が下り戦国の世になっても、中央に天皇を頂く事に変わりは無く、天下を目指す者にとっては公家言葉を話せることは必須であったことが推測できる。
しかし、自領にては その地方の方言で話していたのではないだろうか??
武家言葉なるものを発祥させる必要性は、どこにあったのだろうか??

WikiPediaで「武家言葉」を探しても、江戸言葉の中で軽く触れているだけである。
山の手言葉が武家言葉に京言葉などが混ざって形成された言葉であるのに対し、江戸言葉は町人社会で発達した言葉である。江戸時代の江戸町人が使用した言葉の特徴を引き継いでいることから「江戸言葉」と呼ぶ。
WikiPedia:東京方言
東京方言とは、江戸・東京で用いられてきた日本語の方言である。武士の山の手言葉と町人の江戸言葉(江戸弁、町方言葉、下町言葉)が含まれる。
ということで、難しいことは判らないが、現在テレビドラマ等で用いる「武家言葉」は、江戸時代の武士が用いた言葉ということらしい。

時代劇だからといって、そんな「武家言葉」を覚えなければならない役者も面倒なことである。
また、普段は聞かない「武家言葉」を、現代語に翻訳して聞かなければならない視聴者としても面倒なことだ。
でも、恰好良いのかな~
いっそのこと、現代の標準語で話せばよろしい..と思うのは、我輩だけだろうか