安倍総理大臣(1954年(S29)生れ) は、終戦70年に安倍談話を語ると躍起になっている。

1927年(S2) に生まれた人は、今年 米寿(88歳) を向かえるのだろうか。米寿を過ぎた人にも元気な人達が多い。
米寿の人達は、終戦の年には18歳であった。 卒寿(90歳) の人達は、成人していた。
"還暦(60歳) を過ぎた爺" と思う俺だが、米寿・卒寿を向かえる先輩達は俺よりも20歳以上も年上である。

先輩達で、日記を書く人は少ないのであろう。
ブログを書く人は もっと少なく、"ブログのアクセスランキング" 等に参加して自己アピールを試みる人は更に少ないだろう。 要するに、"ブログのアクセスランキング" を眺めていても、先輩達の考えや意見を知ることはできない。

日本ぶろぐ村でも 「80歳代 - シニア日記」 のカテゴリーが有り、多くの参加者がいる。
90歳代・100歳代 - シニア日記」 では参加者が 6人と少ない。 しかし、大正生まれの先輩もいる。

しかし、先輩達の中には、ブログを書かなくともホームページを開設している人が多い。
日々更新する(?) ブログに比べれば、何かのネタが集まらなければ更新されないホームページを俳諧しても目新しい内容は少ないだろうと推察するが、ブログには無い目新しい発想や考えを発見できるかも知れない。

大人として終戦を向かえた先輩達は、今の世の中をどのように見ているのだろうか。
あの戦争を どう考えているのだろうか。
安倍総理の進む道を良しと見ているのだろうか。
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菅内閣官房長官は なかなか苦労人だが、安倍総理の番頭として広報を行う事は疲れるだろうと同情を覚える。
WikiPedia:菅義偉より抜粋引用
1948年12月6日、秋田県雄勝郡雄勝町(現湯沢市)生まれ。 秋田県立湯沢高等学校卒業後、集団就職で上京する。 「東京へ行けば何かが変わる」と夢を持ち上京したが、秋田時代と変わらぬ日々を段ボール工場で過ごす。 上京から二年後に法政大学第二部法学部法律学科へ進学。
1987年、横浜市会議員選挙に西区選挙区から出馬し初当選。