小学生時代に秋田市に住んでいた頃、鹿角郡からお婆さんが訪ねて来てくれた。
お土産は、決まり事のようにバナナだった。
当時の北国秋田にも、偶にはたたき売りが店を出すものの、それでも高価な物だった。
孫の拙者に食べさせてやろう ということで、買ってきてくれたのだろう。
はじめのうちは楽しみだったバナナであるが、頻繁に届くと聊か食傷気味だった記憶である。
少なくと明治初期、もしかしたら江戸時代に生まれたであろうお婆さんは、秋田市の中心地で立ち小便をする。
慣れたもので、モンペの紐をほどいて着物の後ろをまくり上げては、あっと言う間に完了する。
当時は40歳になるか?ならないか?のお袋が、赤面する間も無しの間であった。
「恥ずかしいから、止めて」 というお袋の言葉に、「何が恥ずかしい?」 との返事。
最近の拙者としては、お婆さんに軍配を揚げたい。
バナナと卵は、昔は高価な物だった。 
少なくとも、拙者の周囲では病気でもしなければ、なかなか口にできなかった。
幼少の頃の女将は、チャボのメスを貰い受け、卵を産ませていたという。
終戦直後の食糧不足の頃、オカッパ頭の少女が真面目に餌やりして育てたチャボが産む卵は、栄養満点という評価を得て、御近所から買い求められたそうだ。
ある日 病人が出て、滋養の付く物を食べさせる必要があった為、そのチャボを食料にしなければならない事態になったのだそうだ。
可愛がっていたチャボが潰されることを、見ることができなかったという。
バナナと卵は現代では、安い物の代表であろう。
その価格は、昭和40年頃と変わりないのではないだろうか??