人間、若くて健康なつもりの時には病気になった時のことなどは考えていない。
終活や旅先で死んだ場合の遺体搬送等は考えていたつもりの俺だったが、それは死んだ後の事である。
要するに、死ぬ前の事は殆ど考えていなかったということが、この度の骨折事件で身に染みてわかった。
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心不全や脳梗塞等の緊急搬送が必要な場合は、救急車のお世話になるしかないのであろう。
しかし、骨折程度の外傷の場合、救急車のお世話になるか、自力で病院に行くかは、各人それぞれに意見の分かれることだろう。

今回の俺は、事故発生したのが日曜日の昼だった為、自力で病院に行った。 また、周囲に人の姿が無く、助けを求めることができなかった為、救急車を呼ぶ(読んでもらう)タイミングが無かった。
転倒し、倒れこんだ姿勢を起こして、茫然自失状態でしばらく座り込んだままだったが、立ち上がってみてから左肩の不自然さから骨折しているかもしれないと思い当たった。
事故現場から自宅までの約400m程は、ブラブラする腕を押さえて歩いた。
肩の骨折などでは、事故後しばらくしてからでも骨折のショックと低血圧から失神する場合があるとのことで、救急車を利用した方が良いことを後になって知った。

自宅に辿りつき、心配そうに騒ぐだけの女将は頼りにならない為、自力で病院を探した。
パソコンでネット検索ができるハズが無く、結局のところ、電話104番で「119番の緊急病院紹介」を利用した。
当日の当番病院を探し、電話で状況説明し診察する旨の返事を取り、タクシーで辿りついたが、留守番の医師がレントゲンを撮り「折れています」の一言で三角巾を巻いただけの措置であった。 「ご希望なら入院できるが、これ以上の措置は無い。只、ベットで横になるだけ。」とのことであった。
ちなみにその病院は脳神経外科である。俺が不具合を感じた「左肩部のレントゲン」を撮っただけで、同時に打ったとして申告した頭については見ることも無く「会話する状態を観察しているから診察不要」とのことだ。また、左腕の肘が内出血しているが、念のためにレントゲンを撮ることはなかった。あの病院は2度と行かない
入院せずに帰宅し、翌日に紹介状を取り、かかりつけ病院に転院して現在に至る。
緊急で診察を受ける場合でも、極力「かかりつけ病院」に行く工夫が大事だ。途中で病院を変えると、当初病院の紹介状が着いて回ることになり、誤診が有っても責任の所在が明確にならない。
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「かかりつけ病院」ならこそ知っている病歴もある。全身麻酔が必要となる骨折の手術について、間質性肺炎であることを知らない病院で(意識不明のまま)手術されていたなら、大事になっていたかもしれなかった。
骨折などの予期しない事故に備えて、普段から「休日当番医情報」を把握するように努めようと考えている。
いしかわ診療情報共有ネットワークを利用すれば、電子カルテの病院間流用ができる。
自分が死んだ後を気遣うことも悪くはないが、生きている間は自己防衛する為の情報は日常から集めよう。

また、死後に備えて、真摯な弁護士と面通ししておこう。 葬儀場も決めておいた方が、葬儀車が利用できる。
鎌倉の霊園と相談し、坊主とも馴染みになっておこう。 介護認定について、もっと勉強しよう。
紹介状なく大病院受診、追加で5千円以上支払い : 読売新聞
紹介状なく大病院受診、患者負担5千円以上に 4月から:朝日新聞デジタル
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そういえば、「お坊さんバラエティ ぶっちゃけ寺」なるテレビ番組がある。
出演する坊主達は、なぜか自分のことを「お坊さん」と称するが、それほどの立派な人なのかしらん。
WikiPedia:坊主より抜粋引用
「坊主」とは、「房主」と書くのが本来である。始めは僧房の主(あるじ)のこと、つまり一坊の主としての住持や住職のみを指していた。
これに対して十分な経験を持ちながら、特定の房(坊)を持たない僧侶を法師と称して区別した。また、こうした坊主身分のことを特に坊主衆(ぼうずしゅう)とも称した。
古典文芸作品では、坊主は小僧の対義語で、お寺で一番身分の高い僧侶である。日本では中世以来、次第に法師など住職以外の一般のの総称となった。したがって、本来は尊称であった。
「坊さん」「お坊さん」と呼ぶのも、同じ語源による。
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要介護認定:関連資料
介護施設の実態 (1)