以前、「 “最期の瞬間”の迎え方?」でも書いたが、名古屋等ではドクターカーが導入されている。
その為、救急車の救急隊員では行えない死亡判定を、ドクターカーの医師が行うことができる。 救急救命士

現行法では、死亡判定できる資格が定められており、基本的には医師免許を持っている者が当たることになる。
したがって、明らかに『既に死亡している』場合であっても、遺体を積んだ救急車を病院にまで走らせて、医師が死亡判定しなければならない。 その点、医師が乗り込んでいるドクターカーは、救急車を霊柩車代わりにせずともよい。
その為、自宅でドクターカーの医師から死亡判定を受ければ、“念願の自宅死”が叶う。 過去記事:死に方いろいろ
 医師が乗車していることで、救急隊員では行えない医療行為を行える為、救命率が高い事は素晴らしいことだ。

当地石川県では、ドクターカーは勿論、救助ヘリコプタードクターへりを持っていない。
白山という火山や、能登半島という交通遠隔地があり、原子力発電所があるにも関わらず、すわ有事となれば隣県の富山県と福井県の援助を受けなければへりによる緊急搬送ができない。消防防災ヘリコプター1台では心細いだろう。 それにしては、「北陸最大」を謳い文句にして、新幹線の開通に歓喜しているという、奇妙な県である。

 「北陸最大」を自慢するのならば、ドクターへりを配備してくれ。 況や、ドクターカーは必須の医療設備だ。
そこにしか優秀な設備と人が揃っていない○○大学付属病院とやらでふんぞり返っている医師たちは、ドクターカー等の独立した医療設備の中では医療行為を行うことができるのだろうか。