少し前までは公務員になるということは、ある意味では誇りを抱いていただろう。
特に国家公務員になるために、一流大学を卒業した者もいただろう。
視点は異なるものの、警察官自衛官になることは国の為に働く誇りを持てる仕事であり、憧れであっただろう。

今ではどうなのだろうか。
国家公務員は、安倍政権の言いなりになるだけの木偶の坊のようなものに成りつつ在る。
自衛官は国の為に働いていると胸を張って威張れるのだろうか。(※自衛隊員vs自衛官、防衛省職員)
否、国家公務員や自衛官は国のために働いているのかもしれない。しかし、その国は政権であり、国民ではない。
それでも彼ら・彼女らは政権のために働く。しかし、彼等に予期せぬ事態が発生したとしても、政権は見殺しにするだろう。 極道と呼ばれるヤクザの親分ですら子分の面倒は見ると聞くが、安倍政権はトカゲの尻尾切りでオシマイだ。

アメリカでは、元FBIのTOPが大統領の悪事を語り出した。
日本でも、文科省元No.2が語りだした。しかし、後に続く者は少なく、その真偽を暴こうという空気は薄い。
今、安倍総理大臣が隠そうとし、政権ぐるみで対応に当たっている出来事の真実は知る由が無い。しかし、報道されていることから推察するには、安倍総理の行為は悪事以外の何でもない。
スネに傷が無いのであれば「裸になってでも証明すれば済む」ことであるにも関わらず、「臭いものに蓋」をして隠し覆そうとする事が見え見えの対応をしていれば、「疑念を抱くな」と言うのが無理というものだ。

「安倍晋三と、彼を奉る会」のメンバーが必死になって現在の地位を失わないように醜い行為をするのはわかる。
しかし、たまたま今の時期に国家公務員等になった者がメンバーとグルになって醜い行為をすることはあるまい。
今はそれで良いと思っていても、これからの長い老い先の中で自分を恥じる時がきっとやってくるだろう。

昨夜のNHKニュースウオッチ9では、ナチスの時代に政権に立ち向かった人物を映画化した事が取り上げられていた。 今のNHKがあの番組で主張したかった事の半分でも実行していたなら、世の中は変わるだろう。

また、福岡の事件で現職警察官が逮捕された事について、地元の人達へのインタビューでは一様に逮捕された警察官が犯人であるかの如くの発言である。彼は、逮捕されただけで未だ犯人と決まったのではない。
それにも関わらず、最近の社会風潮は逮捕=犯人という固定概念をもってしまうようだ。

以前より、逮捕されたという報道がなされると終いで、以降の報道は行われない。逮捕されるまでは大騒ぎするマスコミだが、逮捕された途端にダンマリを決め込んでしまう。そして、容疑者の未来は知る由も無くなる。
現代のマスコミと社会は、法的に裁判 ⇨ 贖罪を行う以前に社会的な制裁を行っている。それは正義だろうか。