某サイト記事にて「学ラン」についての説明を読んだ。
江戸時代に洋服全般を『蘭服(ランフク)』と呼んでいた。
それが、明治時代になって「学生用蘭服」⇒「学ラン」とのことだ。
なんとなく、なんとなく、である。
しかし、Windowsの学生服によれば
学生服、学ラン(がくラン)は、日本の学生・生徒が着用することを目的に規定された服の中で、男子向けの、主に詰襟を用いた共布上下の衣服である。
また、詰襟によれば
詰襟の上衣は、近世以来の欧州で、軍人や官僚などの制服として広く用いられた。 日本でも明治初期に、欧州から詰襟の洋服が導入され、軍人、官吏、警察官、鉄道員、教員、学生、生徒などの制服として広く採用された。しかし日本の敗戦をおもな契機として、社会人においては海上自衛隊の制服など一部を除き開襟の背広型へと変更された。
とのことで、「鶏と卵」的な堂々巡りになってしまう。

今どき学ラン(詰襟の学生服)を着用しているのは、大学の応援団と学習院くらいではなかろうかと思う。
今どきは「学ラン」なんて物を知っているのだろうか。しかし、団塊世代までの男子は皆「学ラン」を着た経験があるだろう。しかし、当時は台所状況次第では学生服を着ることができない家庭もあった。それでも、1着有れば冠婚葬祭の全てに大威張りで利用できるのだから重宝と見るべきであろう。
家庭によっては、兄弟が引き継ぎで着ていた歴史的な「学ラン」もあったようだ。
日本に限らず、中国の人民服も「学ラン」と同じであろう。どんな場面にでも着用できる衣装というものは便利なのだ。