例年であれば、御盆で休みとなった人が地方や観光地から東京に向かう自動車が高速道路で混みあう有様をテレビ中継している日が近づいてきた。今年は越県しての外出禁止令が守られたのか(?)混雑度合いは少ないようだ。しかし、高速道路が混雑していると言ったところで最近は大したことが無い。
1964年東京オリンピックが終わった後の東名高速道路の混雑ぶりは、嘘のように酷かった。今のような30Km渋滞程度では騒ぐほどの事ではない。4年後の1968年(S43)に上京した頃のカーラジオでは、100Km渋滞とかで報じられていた。それでも、高速道路を使える人種はブルジョワだったのだろう。
酒を飲む金は有っても自動車に回す金の無い貧乏な俺的には、伊豆半島は白浜海岸に海水浴に出かけるにしても高速道路を利用することは無かった。同様に箱根山に出かけるにしても、ひたすら一般道を走った。

現在の自動車は知らないが、昭和時代の自動車の殆どにはクランク棒が標準装備されていた。
トラックやバスには常備品であり、自家用車でも有ったほうが安心できる部品であった。
どこぞの鄙びた場所でエンジンが掛からなくなった場合、大勢の場合は押しがけてきるが、それができるほどの人数がいない場合はクランク棒を回して掛けるしかない。
「クランク棒」はWikiPediaによれば、「スターティング・ハンドル (英: starting handle) 」とのことで、「スターター・ハンドル(英: starter handle)」と呼ばれる場合もあるが、この呼称は今日では小型の汎用エンジンの始動装置とのこと。英語圏ではハンド・クランク(ドイツ語版)(英: hand crankやクランキング・ハンドル(英: cranking handle)、日本では単にクランク棒と呼ばれる場合もあり、旧日本軍などでの日本語訳としては始動転把(しどうてんぱ)という名称が用いられた。
エンジンキーを回せば「スターターモーター(セルモーター)」が回り、エンジンが始動するのは当然の事なのだが、当時の自家用車ではバッテリーが降参してしまってセルモーターが回らなくなりエンジンが始動しない事は珍しくなかった。
バッテリーが完全にアウトにする前であればクランク棒を回して始動することができた。バンバーに鍵穴があり、そこにクランク棒を突っ込んでエンジンのクランクシャフトを回のだが、逆回転する等でクランク始動には危険も伴う(クランク棒は下から引き揚げる)。それを避けるために、バッテリィ直結用ケーブル(ブースターケーブル)を車載している人もいた。押しがけは道具が無くともできる方法であったが、最近のエンジンでは出来ないとか?