COVID-19」を「コロナ」とか呼ぶのは日本人だけだ。
間抜けな日本政府が単に「新型コロナウイルス感染症」と呼ぶ事を定めたため、感染症法に基づく指定感染症(二類感染症相当)に指定されており、マスコミをはじめとして「コロナ」と呼ぶ(過去記事:儂を「コロナ」と呼ぶな) ※2019年新型コロナウイルス感染症

それでも国営放送は、法律用語に近ずけて「新型コロナウイルス」と呼ぶ事が多い。しかし、誰が言い出しっぺかは知らないが、「ウィズコロナ」の言葉だけは「コロナ」である。
そもそも「ウィズコロナ」なんて言葉は、WikiPediaによれば恰も良い事であるかのごとき扱いだが、俺的にはコトバンクの解説が好みである。すなわち、無断引用
新型コロナウイルスとの共存共生」という意味で使われる俗語
英語では「Coexist with the coronavirus」「Coexist with COVID-19」などと略さずに表記される。
いずれにしても「ウィズコロナ」なんて言葉は「無能な政治家が自らの愚策を隠す」為に用いるのであり、マスコミの煽動に乗るまい。
「with」とは『とともに』という意味だ。「ウィズ貧乏」とか、「ウィズ病気」なんて御免被る。
そりゃ~、人間の知恵では逃れようの無い事柄は満ち溢れているが、過去の政治家は「ウィズペスト」と言ったのだろうか。戦いもせずに、戦う事を放棄して、「ウィズコロナ」は無責任である。

同様に「コロナ禍」ではない。ウイルスの出現は「禍」であっても、感染を防げなかった事は「人災」。
〖禍〗 (禍) カ(クワ) わざわい・まが
よろこばしくない事柄。不幸をひきおこす原因。災難。
関連過去記事:COCOA:学 /


ということで、「ウィズコロナ」と「コロナ禍」の中で、自然災害が発生した場合の避難場所作りが大変のようだ。避難所と言えば学校の体育館しか無く、板敷きの床にごろ寝するのが常識の日本国民にとって、地域のダンボール屋や日帰り温泉と協定を結ぶ事は弄るしい進歩ということで、マスコミは盛んに褒めちぎる。それはそれで進化なのだろうが、先進国での避難環境を漏れ聞くと一等国民であると国家に教えられている日本人としては、挫折感が著しい。ホテル+ベット、防空壕まで行かずともせめてもう少し。

以前は、裸の王様(シンゾウ)の大嘘を注視していれば良かったが、最近では大番頭や厚労・担当大臣までもが各自勝手な事を言い出している。更には防衛までもが戦前に返ったかのごとき発言を始めた。
日本国民が竹槍突撃で全滅しようとも、経済が立ち直って、オリンピックができれば良いらしい。
日本のテレビでは「アメリカの感染者が〇十万人、死亡者が〇万人」と報ずる。日本のテレビが報じない西洋などでは随分と減ってきたと、ネットが報ずる。事の真偽は知る由もないが、俺的には日本政府が、自らの失態を隠している事と見る。経済に同じく「あのアメリカが出来ないのだから...」とアピールしようとしているとしか思えない。

シンゾウ禍