東京オリンピックを開催したい人々は、開催を決定するとIOCが宣言した10月に向けてラストスパート。
肉体的な面からこの期を逃すと後が無いアスリートよりも、利益を追求する者の悪あがきと見える。

古代ギリシャのオリンピアの祭典をもとにして世界的なスポーツ大会として開催される近代オリンピックである。オリンピアードとやらで4年に1度の開催だが、FIFAワールドカップ等など他の世界的なスポーツ大会と重複しないように、主催者が均一的に利益を得られるように調整しているように見える。
オリンピック景気と称される出来事を味わいたいがために、各国はIOCに賄賂を贈りまくってでもその開催権を求めている。
世界の各国を持ち回りして開催しなければならない事はあるまい。あの持ち回り行為はIOCの役員などの賄賂の温床であろう。
毎回、古代オリンピックを開催していたギリシャでやる事で固定すれは良い。日本の高校野球を甲子園でやる事と同じである。開催国となるギリシャは感染症対策を含めテロ等の諸々の妨害要素を排除すれば良かろう。完全な防備措置をするために要する経費は、これまでIOCに収めてきた賄賂を贈れば良い事だ。ギリシャも過去の栄光を取り戻す事ができるというものだ。古代オリンピックに回帰しよう。
参加するアスリートにしても、「目標地はギリシャ」が合言葉である。

もうじき、2020東京オリンピック・パラリンピックを開催・実施する事が決まり、動き出すのだろう。
そして、動き出した歯車を止める事は極めて困難であろう。日本政府にしても、IOC・JOC共に成功を信じているようだ。成功しないまでも、あのようなイベントにリスクは付きものという理解なのだろう。
(過去記事:どこかで誰かが死んで)

近代オリンピックとは、スポーツの名を騙る政治であり経済だ。
動き出した歯車を止める方法がある。選手が参加をボイコットすれば良かろう。
世界選手権大会だらけの現代で、オリンピックに参加するばかりがアスリートの意義ではあるまい。
過去記事:昭和東南海地震:学