NHKの天気予報で予報図などを表示する際の呪文は「見てみましょう」である。

一般的には「ご覧ください」とか、「ご覧いただきましょう」という言葉遣いをする場面であろう。
しかし、「見てみましょう」とは、NHKが視聴者と共に見ている立場であり、同格である。
一方「ご覧ください」の言葉遣いは、NHKが視聴者に対して提示している立場であり、提示する内容に責任を問われる場合も無きにしも有らずである。
「見てみましょう」とした場合は、見る見ないはカラスの勝手である。
勧めに乗るか否かは勧められた者の責任の範疇であって、「見る事を勧めた」NHKの責任ではない。
と言うか、この場合のNHKは「見る事を勧め」てさえいない。NHKが見ると言った言葉に反応して、視聴者が勝手に見たのである。見た内容・結果についてNHKには責任は無い。

同様な言い回しは古くから多い。事、政治の場面のだまし文句であろう。
過日のトランブ大統領の主治医曰く「昨日は高熱は出ていない」...あれと同じことだ。
一昨日は出ていたかもしれない。主治医は昨日の出来事に言及して語ったのである。
しかし、忖度で生きている日本人は言葉の意味を深読みしない。自分勝手に解釈して、確認はしない。
昔習った英語は「I'm a boy」。日本人は「男です」。主語が無くても通じる・わかったつもりの言葉。
言った・言わないの喧嘩になれば、絶対に負ける国民性である。

事件などで容疑者が語ったとする言葉は、「〇▼◇に間違いない」と言った、と報ずる。
そんな「〇▼◇に間違いない」なんて言葉遣いを容疑者がするはずが無い。しかし、警察の取調調書をそのままに読むから、そのような不思議な日本語になる。警察は、後日裁判所で陳述しやすいような言葉遣いを容疑者が発言したように書こうとする。その結果、「〇▼◇に間違いない」という事になる。

気を付けよう。不思議の国、日本。